たくさんの管に繋がれた白い裸体が、寝台の上に横たわっていた。隔離されたこの場所は青白い光で満たされており、難しそうな資料やカルテが四方八方に散らばっている。
覚醒している頃合を見計らい、谷口はその扉を押し開く。消毒液のつんとした匂いが鼻をかすめ、おそらく彼を不快にさせた理由はそれではないのだろうが、谷口はおもむろに顔を顰めた。そうして切りそろえたばかりの爪の先を、発光する古泉の身体に触れさせた。
太陽光を浴びても青白さを放つであろうその皮膚を撫で、なぞるように指の先は身体から続くスイッチをオフにする。赤いエマージェンシーの表示も無視して電源を引き抜いてしまえば、人形のような顔をした男の、瞼がゆっくりと開かれる。弱々しく睫が揺れて、薄い唇が何かを口にしたのだけれど、谷口には聞こえなかったようだ。
「中身、ないの?」
冷たい目をした谷口は、まだ生温かさの残る古泉の心臓に手を浸す。胸の辺りに躊躇なく差し入れた手に一瞬電気が走り、それでも谷口は目を開けたまま古泉のすべてを見つめていた。
自己の喪失、中身なんてとうになくしてしまった男の、少ない記憶データを盗み見る。そこにあったのは閉鎖された空間の青い怪物と、いくらかの赤い光と、涼宮ハルヒという少女の、そしてその隣にいる青年の、幻影だった。
最後に残したものがたったこれだけだなんて、嘲笑ってやりたいくらい皮肉なものだった。そもそもこの男にはそれしかなかったのだ。いや、本当にそうだろうか?
ここまできてやっと古泉は谷口を仰ぎ見て、苦しそうな表情で、本当にかすかに、笑った。
「悔しいならやり返してみろよ」
目が合って、衝動に任せて谷口は手を取り自らの胸にそれを当ててみせた。力なくだらりと垂れたその細い手首や、浮き上がる血管、力の感触すらもう、ない。
「できねーの?じゃあ違う話でもする?」
ぞんざいに扱っているように見えて、谷口は実に丁寧にそれを元の位置に戻した。古泉が今見えている景色を共有することはもはやできない。うつろになってぼやけていくその目を、谷口はどこかで知っていた。握り締めた手がわなないて、呼吸が、乱れる。
「お前さ、本当に馬鹿だよな。それで幸せだなんて笑うしかねえよ。本当は涼宮が憎かったんじゃねえの?なあ俺の言ってること違う?同情で抱かれるとか、笑っちゃうよな。なああいつ、どんな顔していくの?犯されるってどんな気分?」
泣きそうな顔で、谷口は喉を震わせる。
(ねえ、)
息が切れるまで捲くし立てて、もう体温も残り僅かで消えてしまうそれを、本当は抱きしめたいのに。
「生きてますかあ?」
そう言って涙も流せやしない谷口は指の先を伸ばして、届くはずのない心に触れようとして、いつだって空を切っていく。



愛を撃つ手