ぼたぼた、と両目から液体がこぼれた。涙を流すまいと必死になっていたわけではないが自分が泣いているということはおそらく屈辱的なことであったので、興奮を覚えたあいつがそれを見ていっそう煽られてしまうようなことは避けたかったのだ。

選んだ場所はどこかの廃墟。縄で腕を縛られて、むきだしの鉄筋に括りつけられる。もうすぐ日の暮れかける橙が俺の目を突き刺して、古泉の顔を見えなくさせる。
(なあお前今、どんな顔して(俺を見てい)る?)
「安心してくださいよ」
目を瞑っていればすぐ済みますから。温度のない声がコンクリートに響いて、きっと黒く塗りつぶされながら笑っているのだろう、しゅるりと首に巻きついていたネクタイを外した古泉は俺の視界をそれで覆ってしまう。扱う手がひどくやさしくて、爪の先がわずかに触れて、肩がすくむ、呼吸が乱れる。目の前が真っ暗なのにどこか澱んでいる、かかった吐息のその白さもぜんぶ俺は知ってる。頬に流れた涙をくちびるで辿られて、指の先が耳にやんわりと触れる。
ひどいことをされているはずなのに、これじゃあまるで逆のことをされてるみたいじゃないか。
(だきしめたい)
なのに腕が動かないんだ。

「お前、何もかもなくなればいいとか思ってる?」
何枚もの静止映像が頭の中を駆け巡る、古泉はいつだって頬をこわばらせたみたいに笑ってる。

(俺のこと嫌い?)

「そうだろ、」
今お前の目にどんな俺が映っていてどんなことを思って俺にさわるのかなんてそんなこと、簡単に想像がつくよ。

もう何も見ないでいいように、目を瞑った。
広がっていくのは青く、まっさらな景色ばかりだ。



青の景観