夏はいつ姿を消したのだろう。気がつけば日も短くなり、いつの間にやら夜が近づいてきていた。下校していく生徒がぽつりぽつりと影を落としては遠ざかる。 窓から見た景色はいつもと変わらず、違うといえばこの部室には俺と古泉が取り残されていることくらいだった。 「帰りましょうか」 古泉が合図をする。俺は俺で言うタイミングを失ったまま、ただぼんやりとガラス越しの世界を見据えていたので、それに頷いた。 目線を落として、それからするりと逃げていく腕を掴んだら、古泉はぎゅうと目を瞑って、一瞬息が止まったような顔つきをした。 「っ、」 強く握ったつもりはないのに、古泉の腕が痙攣したように震えた。 すいません、なんですか、とわざわざ聞き返す古泉のその表情を見据えて、きっとこの服の下には傷がたくさんあるのだろうなあと、そのときやっと理解した。 「何でお前ばっかり、そうやって」 掴んだ腕を離せないまま小さく唇を動かせば、隠された、その赤さが知りたいと思った。 「俺、お前にさわりたい」 いいか、なんて聞く前に、指先は伸びていく。 冷静になれない自分を冷ややかに見つめている自分がいて、頭の奥で錯綜する思考が渦を巻いている。嫌だなんて絶対に言わない、抵抗すらしない古泉を本当はやさしくしてやりたいのに、乱暴にしたいだなんて、矛盾している。 唇を押し付けて、目線と目線が交わる、その直前に古泉は瞼を閉じる。それはきれいな曲線を描いて、雪が溶けるみたいに、消えていく。 「痛くされんの好きなの?」 噛んだ唇からは血が滲み始めて、俺はそれを何度も舐めた。脱がせた素肌にはいくつか傷跡があって、感触を確かめるようにさわって、強く押すと古泉の表情が僅かに歪む。 何度繰り返しても古泉は小さく息をするばかりで、そんなの最初からわかってたのに、俺は古泉に何の答えを求めているんだろう。 「なんか、言えよ」 少し嬉しそうに笑った古泉の顔を見たら、なんだか胸の奥が切なくて、俺は泣きそうになる。 「んで、わらうの、」 じわりじわりと広がっていく感情が何なのか、名前をつけられないそれは花のように広がり、俺の胸を締め付ける。この気持ちが伝わればいいのに、と思いながら、俺は古泉の心臓の辺りに口付ける。 赤い花が、咲いた。 赤い花の咲くまで |