あ、と引かれた手をどうしていいのかわからない、といった表情の古泉を誘導する。そうしてやらなくとも行き先は決まっていたが、俺が無理矢理、という設定を設けないとふたりでは居られない気がして。重ね合わせた手を彼が握り返すことはない。それは絶対の確立で。
コンクリにひびが入った階段を蹴って、部屋に上がり込むと俺は必ず鍵を掛ける。少し息を切らしながら、誰も来るはずないと知っていながら、わざとそうする。誰にも、何にも妨げられないように。
玄関先でようやく解放された左手を見つめているのを見ているのを見られた。目が合う。俺は少し笑って、その腕をまた掴む。

ベッドに腰掛けて、古泉を目の前に立たせると彼は不思議な面持ちでこちらを見据えていた。わき腹をシャツ越しに撫でて、腕を回すとちょうどおなかに額をくっつける形になる。母親と繋がっていた臍の緒は古泉にもあったのだろうか。見てみたい。
「脱いで」
呼吸をする古泉の腹部がふくらんでまた戻る。まるでゆるやかな波のように。
古泉は俺の命令に背くことなく釦に手を掛ける。従う理由もないのに身体が勝手に反応してしまうみたいな反動で。
そうして露になっていく肌の白さやその曲線の滑らかさを眺めていると、どうしてか虚しさばかりが込み上げてくる。古泉の裸体は一般的な男子高校生のそれそのもので、あまりに普通すぎて、俺は悲しくなって笑う。

「お前、俺に何してほしい?」

困った顔をしながら口角を上げ、なにも、とゆるく首を横に振る古泉に俺が与えられるものなんて何一つない。どうしてだろうな。こんな世界じゃ欲しいものもましてや愛なんてものさえ望めない、望むことすら許されない、なんて。
胸の辺りで感情が揺れる、渦巻く、せめぎあう。手を伸ばして古泉を抱きしめると、背中をやんわり撫でられた。泣きそうになりながら、きゅ、と目を閉じる。
「大切なんだ、」
おまえが。

口にしてしまえばおしまいだと思っていた言葉を口にする。いまだ胸の奥でつっかえていた何かがふわりと浮かび、声に溶けて消えていく。

背中のやさしい温度を確かに感じる。
一筋の涙がこぼれた。



彼女と彼とシーロスタット