「古泉くん?」
いつもと変わらない調子で谷口は小さく呟いた。目を開ければ色のない空が薄く広がっていて、遠く一点を見据えながら、このまま居れば雪でも降りそうだなとぼんやり思った。冬の匂いがした。
「おれ、さっきまで授業受けてたのになぁ」
なんとなく指の先を伸ばして、手ごたえのない世界を掴もうとする。何も降りてはこない。寄り添うように近くにいた古泉は、谷口のその様を見下ろしていた。冷たい顔をした男だった。違和感を張り付けたような、感情を抑えたような、そんな目をして、呼吸するためだけの口の先を開いた。小さな空洞だ。
何を伝えようとしたのだろう、渇いた喉はひゅうひゅうと隙間風が入り込むばかりで、とうとうそれは閉ざされる。
「お前が笑わない場所って、ここだけだな」
見上げた目線の先はたくさんの色を一度に混ぜたような顔色で、口元が少しばかり歪んでいた。握り締めた手が、寒さで震える。

(ああ、違うか)
目の前にいるのがあいつらじゃないから、だからお前は笑わないんだな。
伸ばした指先は何にも触れないまま、灰色に滲む。目を擦って、谷口は起き上がり、辺りをなんとなく見渡した。おおよそのことが理解できてくる。ここはきっと、古泉と俺が思い描いた世界と世界の狭間で、その分岐点なのだ。夢みたいなもので、きっと次に会うときには忘れている。それすらわかる。
今思っているのは、涼宮ハルヒのことでもなく、世界の創造主のことでもなく、キョンのことなのだろうなあ。だってそんな顔をしている。
(お前のすべては、そこにある。俺はそれを信じてもいい、と思うよ)
言いかけて、不毛なことに気がついて、やめた。これじゃあ俺があまりに惨めだ。
きっと答えはあいつがぜんぶ持ってる。それは、俺じゃない。

「青い空の見えるところに連れてってやるよ」

手を取れば、驚いた古泉の顔を見て俺は少しだけ微笑む。
歩き出して目を閉じたその先には、



空の行方