おおきなおおきなみずたまり。なみだでできてるみずのあじ。
舌先でそっとすくって、瞼を閉じればそこは。


宙を浮遊していた魚は死んだ


長い間、どこか懐かしい感覚に包まれていた。そう、例えば赤い光の中のような、と頭の隅で思えば無意識のうちに視界が開けていく。透明が重なり合って、淡い水色が果てしなく続く場所だった。
ふと何かの気配を感じて頭上を見上げれば、そこには大きな魚が泳いでいる。
どこへいくのですか、問おうとして声が出ないことに気がついた。大きな魚は少年を乗せて、少女を迎えに行く途中なのだ。
水色と透明のあいだに溶けている自分を冷静に見据えながら、手のひらを太陽に掲げるみたいに伸ばす。魚が向かうその場所に、きっと僕は辿りつけない。指の先で光る影がゆらゆら揺れて、空の果てへと吸い込まれていく。
ああ、と言葉が胸に落ちた瞬間、急に見えていた景色が消えそうになって、濁る目が、ぼやけていく視界の泡と、にわか雨の匂いが。届かない、届くことはない、夏のかげろうみたいに遠のいていく。
消えていくのは僕なのか、それとも誰なのかは知らないけれど、どちらにしたって触れることはできなかったのだろうなあ。


ぼんやりと視界を開けば布の白さが目に入る。魚の腹みたいな色だ。気がつけば見慣れない布団の上で、その隣に彼が、そういえば今は冬休みの、いや夏休みの、終わらない季節のどこか。
口元がひやりとしていたので拭ったらそれは涎だった。なんでだろ、と少し不思議に思いながらのろのろと起き上がれば、はだけた着衣がだらしなく垂れていたので紐を解き直してやる。放置されていたテレビの音声が耳に入ってはうまく聞き取れないまま床に落ちて転がっていく。
目を瞑ればあのとき見えることのなかった景色が見える。きっとどこかの世界から、静かに眠る彼を起こしに。

この部屋にはもうじき死んだ魚がやってくる。僕を迎えにやってくる。