肩にやわらかな重みを感じた。現実との境目をさ迷いながら、夢の中にいるような心地でそれは優しく触れたのだ。 蛍光灯の光が俺の目を焼き殺そうとしているのだろうか、開いては閉じを繰り返し、とうとう誰かしらの検討がつくその手前。机に突っ伏していたために折り曲げられた腕を伸ばし、背骨を張ればいまや普通となっていた違和感がずり落ちる。慌てて拾えばそれは、ひどく落ち着いた色をしたセーターだった。 近くには暖房機まで添えられていて、なのにそんなに離れた窓辺であいつは本を膝に乗せている。触れたこともない頬はきっと冷えて、だからそんなにも白いのだ。 近づいて、長門の持ち物であろうくすんだ色のそれを肩に掛け直してやる。見上げるように喉をさらした長門はゆっくりと瞬いて、ガラス玉のような瞳に俺そのものをそのまま映してしまう。薄い唇が、音をなぞった。 「私にはこころがないから」 幾許かさみしそうな、それでいて何を思ってもいないような声を言葉にした長門の呟きは、俺の心のどこかを強烈に締め付けた。だからこんなことくらいしか出来ない、とでも言うのだろうか。 (んなこと、ねえよ) 言葉にしていいのか、わからなくて、伝えてしまってそうしたら明日長門がどこにも存在しなくなってたら、なんてそんな仮想現実ばかりが頭の中を駆け巡る。 「あなただったら、こうすると思って」 儚い声色とそのまっすぐな眼差しを、俺はただ。 (それはお前が自覚していないだけで、本当は) 伸ばした指先が確かに長門の髪をやさしく撫でて、ぎゅう、と包み込む。こんなに小さな女の子が、俺をずっと守ってくれているのだと、込み上げてくるなにかを抑え切れずに、胸に抱く。 どのくらいそうしていただろうか、僅か数秒だったかもしれないそれを長門がどう受け取ったのか知るすべは今のところ持たない。やわらかな匂いから離れれば、自分が今どんな顔をして長門を見ているのかわからなかった。 「ここの奥のほうが急にあったかくなって、だからなんか」 ごめんな、嘯くみたいに言葉を落とせば、それは綺麗に呼吸を止める。ほんの少しだけ、頭の隅に長門の笑顔が浮かんだ気がした。 はっぴいえんど |