古泉の家は彼以外誰も住んでおらず、古ぼけたアパートの一環にそれはあった。鍵を持っているわけでもないしインターホンを鳴らす気もない俺は勝手にドアノブを回す。するとどうだろう扉の静かに閉まる音。靴を揃えもせずに上がり込んだのはこれで何回目だろうか。指折り数えられる程度で済まされることであればいい。基本的に生活必需品しかないように見える、もっとも俺が生活するなら足りないものがありすぎる閑散とした部屋は物音を立てればよく響きそうな構造をしていた。鞄と上着をその辺に脱ぎ捨てて一息つくと、とろりと眠気が降りてきてそのまま眠りに落ちてしまおうかとも思ったが、やめた。ベッドを覗けば死体のように横たわる古泉がいて、その上に俺は跨った。整った美しい顔に触れたくて、おそるおそる、白い頬に手を添える。雪のように冷たい。冷たいという情報が脳に伝達されて俺は冷たいと感じた。そのうちに俺が殺してしまったのでは?と錯覚してしまいそうになったので試しに首でも絞めてみようか。ぎりぎり。んなわきゃねえか。首にぞわりと巻きつけた手の、力までは込めらなかった、というところで思考が途切れる。現実なのか妄想なのか、死人のように肌の白い古泉は寝息や肺の膨らみさえも意識させない。息してんのか、と耳を傾けてみればかすかな呼吸が伺えた。死んではいないようだ。離れようとして薄い唇が荒れているのに気がついて、自然とそれを舐めていた。 「起きろよ」 しってるぞ、と低い声を上げればうっすらと目を開いた古泉が嘘みたいに笑う。それはきっと嘘だった。 (目覚めたらそこは古泉のベッドの上だったけれど当の本人はどこにもいない。何か嫌な予感が的中した予感がした。もうずっと前からわだかまりが消えたことはなかったけれど、このことだったのか、と俺はようやく理解する。胸の奥が重く響いた。空洞の、喪失だった。古泉、とちいさく名前を呼んだ。踵を勢いよく蹴って飛び出した扉の外の青い青い世界を見る。そこに彼はもう存在しないのだろう。今日はよく晴れた日で、なのにどうしてこんなに泣き出しそうになっているのかその理由もおぼろげにしか思い出せない俺は、とうとう俺の中で古泉を殺してしまった。) それはきっと嘘だった |