また今日も雨だ。
ベランダに出ればひやりとした空気が頬を撫でてわずかな水滴が皮膚に染み込む。まるで古泉にさわられた後みたいだと感じながらぼんやりとその姿を眺めて、息を止める。そうして静かに、何かを心待ちにしながらドアの覗き穴に目を細めれば、淀んだ灰色と青がまぐわう視界の中に奴はいた。
沈黙すること数十秒。耐えかねて、重たい扉を押し開けば古泉が唇だけで笑った。ぽたりぽたりと雫が落ちて、大丈夫か、といつだって思っている言葉を軽く口にしてみたところでそれは冗談のようなものでしかなくて奴はいつだって死んだ目を乾かしているのだった。
重たい色を滲ませた制服をはがすのは大変だ。もういいかどこだって、と投げやりに壁に押しやれば古泉がほんの少し呻いて髪に含んだ水分が涙みたいに俺を濡らす。唇を重ね合わせて手と手を絡めてか細い呼吸首筋の匂い閉じては開く瞬きの合間嘲るみたいな口先から零れる感情胸の奥に秘めてる言葉本当は知ってるんだ全部ぜんぶみんなすべて。
前髪からちらりと覗く表情と交わした視線の先に描くものは互いに違うのだろう、俺はいつだってお前の本当の気持ちを知りたいと思っていたよなあ知らなかっただろう?
まさかな笑っちまうよ明日目が覚めたらお前もお前のクラスもお前の住んでたはずの家もなくなっていただなんてそのうちそんな記憶もこの胸の痛みもなにもかも消えてなくなるだなんてまさかそんな。
「なあ、お前は知っていた?」
なにがですかとやわらかなアルトが耳に溶けるより早く俺もお前もあの淀む灰色と青になってしまえればよかったのにな。
「俺は、知ってたよ」
嘘が本当になるまで、あと少し。



いつかの消息