赤井の血は赤い。
いつだって冷静な赤井の顔にパンチを食らわせた。クリーンヒットだと安室はにっと笑い、気分を良くした。シャドーを繰り返して相手を煽れば、構えの姿勢を取った赤井の鼻から血がつつ、と垂れてきた。赤井はおや、と気を取られ、その隙にジャブを繰り出すが、既のところで交わされてしまい失敗に終わる。赤井は鼻血を何度か拭って応戦していたが、ぽつぽつと地面に垂れる血が気になるのか次第に動作が散漫になり、とうとう動くことすらやめてしまった。むむ、と眉を僅かに顰め、鼻の下を手の甲で拭っている。まるで幼さの残る少年がそこにいるようにも思えた。例えるならきっと野球少年だ。帽子を深くかぶってぎらりと光る目を、奥底で眠る感情を隠している。
赤井は付着した血を確認するように手を何度か行ったり来たりさせながら、一向に止まる気配の見せない自分のそれに対してはて、と首を傾げている。すっかり戦意を削がれてしまった安室も同じようにその場に立ち尽くした。
「あなた、鼻血の止め方も知らないんですか」
「何年ぶりかもわからないんだ、すまない」
ゆっくりと近づいていくと、穏やかな獣は牙を向けることも忘れてただ息をしていた。もとよりこちらから嗾けなければ本来ずっと静かで大人しい。赤井秀一とはそういう生き物なのだ。
ほら、と言って鼻をつまみ上を向かせると、赤井は自然と瞼を下ろした。仰け反った首に、喉仏がきれいに浮かび上がる。
手を離してそのあまりに無防備な、なだらかで美しい曲線を目に焼き付けた。湧き上がる感情を一緒くたにして飲み込んでしまうことで精一杯だった。言いたいことは山ほどあったが、何一つ言葉にすることができない安室は自分の指先についてしまった赤いそれをぼんやり見下ろして、それからぺろ、と舌先で舐めた。鉄の味がする。思うところあって安室も少しの間視界を閉じると、何の気なしに喉元を晒してしまえる隣の男について想像をした。
……なるべく多くの方法で彼を傷つけてみたかった。そのたびに安室の中にいる赤井は曖昧な表情をして、少し寂しそうに笑うのだ。
だったら命をもって教えてもらうしかない。手に持ったのはナイフだった。赤井を断罪するためのものだ。赤井の胸を真実のナイフで切り開けば、あっという間に血は吹き出て、真っ赤に燃える心臓が剥き出しになる。安室が思い描いた通りの色だった。鮮やかな色彩がみるみる広がっていく。
赤井の血は赤い。その色を他の誰にも暴かれてしまわないようにと、安室はまじないでもかけるみたいに自分の指先にキスをした。
# 真実のナイフ