白い縞模様の入った愛車にもたれかかる人物を捉えたとき、赤井は僅かに目を見開いて、それから心なしか口元を綻ばせた。いつもと何ひとつ変わらない動作で車のキーを差込めば、もう片方のドアからその人物は赤井の車に乗り込んだ。男は助手席に座って当然、といった態度で勢いよくシートベルトを締めると、自慢の金色の髪を耳にかけた。やわらかな毛質のそれはさらさらと冷房の風にすら揺れていて、太陽の下では天使の輪でも見えるのだろうなと、三十路手前の成人男性に対して思うことではないことを思う。
触れたいな、と思いながら赤井は目を細めて安室の首筋を見て、無防備にさらされた耳に視線を移し、こちらを向かない瞳の先に映るものは何か考えた。
車を静かに走らせると、夜の街灯の明かりが彼の頭上を幾度も通り過ぎ、安室はひとつの影の中で小さく瞬きをした。赤井は赤信号で止まっている間に、飲み残した缶コーヒーに口をつける。ぬるい上にまずい。
「お客さん、どちらまで?」
「米花町××ホテル……もしくはあなたの住居でも」
肩肘をついて淡々と窓に向かって吐き捨てる安室は、まだ一度も赤井のほうを見ていない。道を右に曲がる瞬間、フロントガラスに映る整った顔立ちを盗み見てはきれいだなと感心してしまう。怒っていても笑っていてもすましていても無表情でも、赤井は安室透の顔立ちが好きだった。そうして彼を構成するあらゆる体の部位が、声が、夏の空のような色した瞳が、総じて好きだった。
少しドライブでも、と回り道をして、大通りに出れば安っぽいラブホテルのネオンがちらほらと点滅している。そういうものを尻目に一定の速度でアクセルを踏み続けた。

「寄って欲しいところがあるんですが」
そう言って安室が指定したところは夜遅くまで開いているドラッグストアだった。彼が蛍光灯のまぶしい光の中に吸い込まれていくのを見届けると、赤井は外にあった喫煙所で一服することにした。あと何時間で夜更けだろうと時計も見ずに体感で予想する。するとものの数分、一本も吸い終わらないうちに安室は戻ってきてしまった。存外にも早い買い物だったなと赤井は思うが、いつでも何かに急いていそうな安室を思うと特別変なことでもなかった。
安室は不機嫌そうにこちらに歩み寄り、火が点いたままの煙草を奪い取って自らの唇に運んでみせる。ゆったりと煙を吐き出している所作が様になっているところを見ると、全く吸えないわけではなく嗜みとして喫煙もできるようだった。行き場を失った左手をだらりと下ろし、ぽかんとしていると安室は煙草を勝手に揉み消して、再び車に乗り込んだ。なんなんだ、と思うがおそらくこちらに興味があって意図的に何かしらの行動をしているだけであり、実際には意味を伴わないものも多かった。
やれやれとため息を飲み込み、車のドアを閉めるとビニールの袋が無造作にコンソールボックスに置かれた。安室が買ってきたものは、四角い箱――スキンだった。もう一つはおそらく潤滑剤の類が入っている。意識していることが少なからず遠くはなかったことに、内心嬉しさのようなものを実感していると、ピリピリした雰囲気を纏いながら安室はこう言った。
「必要でしょう、今からあなたを抱くのに」
ようやく目が合ったと思えばそんなことを口にするので、赤井は言葉通りそれを受け取った。冗談ではないようで、からかうような表情も伺えない。
「……そうか」
抱かれるのか、俺は、と素直に納得し、赤井は車のエンジンをかけた。そうしたいならそうしたらいいと態度で示す。……抵抗しない、きっと彼に何をされても。乱れのひとつなく、二人を乗せた車は安定した速度で走り続ける。


自宅にて他人のシャワーの浴びる音を聞きながら、指の間で燃え続ける煙草の灰をトントンと落とした。赤井はヘビースモーカーであったので、よくキスが苦いと人から文句を言われることが多かった。今日の相手はどうだろうか? 付き合いが長くなれば間違いなく言われるだろうし、なんだったら禁煙すらさせられそうだなと想像をする。長くなれば、なんて彼が聞いたら呆れるかもしれないけれど。
シャワーを浴び終えた安室はタオルを肩に掛け、頭をがしがしと拭きながら寝室の扉を開けてベッドに腰を下ろした。髪から滴り落ちる水滴が引き締まった上半身に落ちて、彼も男なんだなと当たり前のことを今更思う。お互い下着だけ身に着けた状態だった。間接照明のライトが二人の輪郭を照らし、陰影を描いている。最後の煙を吐いてから煙草を灰皿に押し付ければ、余裕ですね、と唐突に顎をくいと持ち上げられて、赤井はふっと微笑んだ。
「するんだろう?」
挑発すれば、いとも簡単に安室の手が伸びる。乱暴にベッドに押し倒されて、見慣れた天井と共に今から自分を抱くという男のまなざしを捉えた。見慣れない景色に、女はいつもこんな気持ちなのかと不思議な感覚に陥った。
「あなたを気持ちよくさせようなんて、これっぽっちも思ってませんよ」
「……それはどうかな」
君は、優しいから、と言い終わる前に首筋に噛み付かれてしまい、赤井は低く呻く。跡が残る程度には強く噛まれ、そういうのも悪くないなと赤井は思った。舌で喉仏をなぞったり甘噛みをしながら鎖骨から下へ移動していく安室に対して、赤井は自分の胸板を愛撫する、その美しい頭のフォルムに感動したりしていた。
「僕、あなたを辱めるためにここまで来たんですから」
ちゅぱ、と音を立てて胸の突起を吸われて、むず痒い感覚に少しばかり肩をすくませる。……はずかしめる、と言われた通りの言葉を口の中で転がしてみても意味がよくわからなかった。裸になって性行為をすることの、何が恥ずかしいのだろう。白痴にでもなった気持ちでしばらくぼうっとしながら、性急に事に及ぼうとする彼を静かに見つめ、何を焦っているのだろうと思案する。安室の髪や耳に触れると、苛々した様子でやめてくださいと振り払われてしまった。楽天的な赤井はいっそ楽しめばいいのにと思うが、安室は行為をすることに夢中で、まるで童貞か何かみたいに自分のことしか見えていない。

買ってきたスキンを装着し、丁寧に慣らしたとは言えない状態で安室は赤井の中に押し入った。眉をひそめて、苦しそうに顔を歪める安室の表情を赤井は一生忘れない。ぽたりとこめかみから汗が落ちてきて、ああ、セックスをしているとようやく実感できた。痛みばかり伴うが、穿つように押し付けられる彼の欲望が愛おしくて、少しばかり涙が滲んでも気にならなかった。澄んだ青い瞳がいつまでも自分を見つめている。抱かれているのに、確かに抱いているのは自分だと思った。
「零くん」
教えてもいない名前を呼ばれてカチンときている安室の、どうしてその名前で呼ぶんです、と言おうとしたのを遮って赤井は強請る。
「キスしてほしい」
「……ッ」
唇との接触を避けていたのを知っていて、あえて口にした。まっすぐに見上げれば、安室はかっとなり顔まで赤くなっている。手が出てこないことが不思議でしょうがなかったが、求められることに弱い安室は乱れた呼吸を整えて、少しの間歯を食いしばる。そうして仕掛けられた誘いに乗った。
「舌、出して」
言われた通り舌を素直に差し出すと、奪うみたいに深く口付けられた。気持ちがいいなと、身を委ねながら赤井は腰をくねらせ、安室の快楽を引き出そうとした。赤井は、いやらしく、淫らになっていくこの行為が人間らしくて嫌いではなかった。そうして求められることに弱いのは安室だけではなく、赤井は行為の最中、自身の性器が反応することはなかったが、なぜだかとても心地よく感じていた。嬉しかったのだ、彼の必死な顔が見れたから。
絶対に赤井を犯す、という信念で安室は赤井の中で射精し、更に奥になすりつけるように腰を振った。
行為を終えると、達することもできないのによかったと口にするのは侮辱に値するかなと、赤井は躊躇っていた。言葉をかけてやりたいのに何ひとついいと思えるものが見当たらない。馬鹿にしたいわけでも、されたというわけでもなかった。それを伝えるためのコミュニケーションが圧倒的に不足していた。
安室は自身のそれを引き抜きゴムの口を縛って屑籠に捨てると、嘲るように唇の端を吊り上げた。
「暴力をふるいたかったんです、あなたに。……そうしたら気が済むと、思っていたのに」
今にも泣き出しそうな顔をしている安室は、どうしてぜんぶ差し出してしまうのだと言いたいようだった。
傷ついている小さな子供が目の前にいたので、赤井はゆっくりと起き上がってやさしく抱きしめてやると、安室はとうとう抵抗しなかった。
「あなた、おかしいです」
「君だって十分おかしいさ」
ぴったりとくっつけ合った、ふたつの心臓の音が聞こえてくる。重なり合ってはすれ違う。決してひとつにはなれないと言われているみたいだった。
安室の体は少しの間震えていたが、次第に放心したようにくたりと力が抜けていった。
「……狂ってる」
こめかみに口付けをひとつ落とすと、汗のしょっぱい味がした。次に会うときには君の靴でも舐めてみせよう、と赤井は囁き、安室の頼りない体をもう一度、ぎゅうと抱きしめてやった。
# 僕らはここでお別れを