「花見がしたい」 道すがら咲き誇る桜の木を見て赤井がそんなことを突然言い出した。隣を歩いていた安室はやわらかな色素の薄い髪の間からぴっと耳を向けて、じゃあしますか? といわゆるマジレスを返してみせる。一向に歩みを止めない二人はしばらく無言で、耐え切れなくなった赤井はふっと笑ってから、しようか、と自ら言い出した提案に乗った。 急遽近くのスーパーでビニールシートを探し、ありあわせの惣菜をカゴへ放り込んでいると、もし例えばあのときセックスしたいと言ったらしてくれたのかな……してくれそうだ、と赤井は考え、夜にすべき妄想が一瞬頭をかすめた。あまりに健全な安室の鎖骨を見やって、俺も飽きないなと末期症状を自覚する。 「今、僕のことやらしい目つきで見ました?」 「……いいや」 「なんで隠すんですか」 あなたが年がら年中僕のことをそんなふうに見ていることなんてお見通しですよ、 と安室は余裕たっぷりに、まるで真夏の太陽みたいに笑っているので、早く麦わら帽子のかぶった青いソーダのよく似合う夏の君に会いたい、と赤井は思う。目の前にいるというのに、もう会いたい。馬鹿みたいじゃないかと思うし、実際馬鹿になってしまったのだ。思考を読まれるなんてしてやられたな、とのんびり構えていたら、彼は彼でなぜか時間差で耳を真っ赤にしながら会計を済ませていたので、相変わらずポイントがよくわからない、と赤井は毎度新しい生き物を発見した気持ちになる。 「……あなたをここに埋めたいって思ってましたよ 」 ちらほらと桜の舞う景色を眺めながら缶ビールを何本か空け、いい感じにほろ酔いになってきた頃合だった。忘れかけた冬の木枯らしのような声で、安室は小さく小さく口ずさんだ。聞かれたくない、聞いてほしい、忘れてほしい、忘れてほしくない、そういう相反する感情を内包しているようだった。遠い昔の話のように思うが、今の関係になってからそう時間が経過したわけではなかった。赤井はそれについて、否定もしないし肯定もしない。安室を傷つけたくないからだ。 桜の大木に背を預けて座る安室は、いつの間にかうつらうつらとして猫のように転がる赤井の頭を膝の上に乗せてやった。 「君は、さくらの色がよく似合うな」 満足げに安室の顔を見上げて、頭上をひらりとかすめる花びらを掴もうと、ふらふらと頼りない赤井の左の指先は宙をさまよう。 「酔ってるんですか? 」 言われてはじめて自覚する。全くもって無自覚だったことに驚きを隠せない。 (そうだ、俺は酔っている、毎日、君に) こくんと頷き、それからキスしてほしい、と唇を突き出し子供のようにねだると、仕方のない人だなあとハチミツのように甘く溶ける表情で、安室は頬を淡く染めた。赤井はさくら色の頬に、耳に左手を添えてその温度を確かめた。やわらかくてあたたかい。思ったとおりの音と匂いが、色と声が、安室透という存在が正しくここにある。 幾千万のさくらの花びらは赤井の中で降り積もっていく。淡く儚く舞っては強く激しく吹雪いて、静かに散っていく。赤井は口を閉ざして、その美しい風景をたった一人の秘密にしてしまう。この瞳を閉じても開いても、さくら色した彼がいた。 # 幾千万の花びら |