ねえ兄さん、と年下の甘え上手な領分でもってそれは持ちかけられた。 「セックスの仕方を教えてほしい」 ドン、と勢いよくベッドに押し倒されると安っぽいスプリングが跳ねて、二人の体も同じように揺れた。ホテルの部屋の中ではベッドサイドに置かれたランプだけが灯っており、辺り一面をクリーム色に染め上げている。 いつからか弟の自分を見る目が、他人とは友人とは家族とは違う色を帯びていたのを薄々感づいていながらそ知らぬふりをしていた。言葉と態度で迫られるまでそう時間はかからなかった。赤井はいつかこんな日がくるだろうと予想していたので特段驚くこともなく、ただふっと鼻で笑ってみせた。青さと苦さが混じったそれは煙草の煙みたいにふいをついて空中に溶けていく。 見上げた弟の、あまりに真剣で必死な表情が目前にあって、せめてもの抵抗をしようと左手で肩を押せば、馬乗りにされて伸ばした手を取られた。赤井の小指の爪はなぜかそこだけ赤い色をしていて、それを秀吉は良しとしない。塗られた赤いマニキュアを見やって、秀吉は誰にされたのと問い質したかったし、ついでに言うなら過去を一つ一つ遡って山のように積もり積もった疑問点を読み上げてやりたかった。なぜなにどうして? 小さな頃から今の今まで、一度だってそんなことはしなかった。羽田秀吉は聞き分けのいい弟であったので。 「取り方がわからなくてな」 赤井秀一の赤、救急車の赤、血の色をした赤。いたずらに仕掛けられた遊びに負け博打。頭の中でサイレンの音が鳴り響いて止まらない。ねえ例えばこの爪を剥いでも、兄さんは僕を許すんでしょう? 愛しい小指にちゅっと口付けたあと、兄の服のボタンに手をかけた。流石にため息をつかれて、それはそれで頭にくる。 「本当にするのか」 赤井はあくまで無抵抗のまま、あっさりと自分の身を引き渡す。そんな男の気が知れない。 「名前が違えば他人でしょ?」 自分で自分の心臓に傷を作ってみれば、噴き出る血のようにひどい言葉はあとからあとから溢れ出る。兄さんは僕の顔も見たくないんでしょう、だから逃げたんだ、父さんのことを思い出すから。弱虫、意気地なし、卑怯者。 「あなたにとって僕は、どういう存在だった?」 一日中浴びていた日差しによって焼けたばかりの肌に触れ、何度も妄想の中で抱いた体を好きにする。どんどん自分の内側がからっぽになっていく感じがする。 「大切な弟だ」 一点の曇りもない、まるで子供みたいな純粋無垢な眼差しを称えて兄は言った。奥歯を噛み締めて、殴ってやりたい衝動を必死に抑えた。 「……普通、弟に自分を抱かせたりする?」 「思い出のひとつやふたつ、くれてやりたい」 突拍子もないことばかり言う兄に対し、時折何を言っているのか理解するのに時間がかかる。今なんかまさにそうだ。思わずははっと乾いた笑いが漏れ出た。聞いて呆れる。 「最低」 何もかも最低でしかなかった。体の奥を暴いて開いて強引に押し進めた、兄の中は最高に気持ちがよかった。セックスの正常位ってなんて間抜けな構図だろう。兄ならばもっとスマートに抱くんだろうか? 教えてくれないそっちが悪いよ。そうだ、はじめからこの兄は自分に何ひとつ教えてくれやしない。 ――がむしゃらに生きるこの男を突き動かしているものは何だ? 僕はすでにその答えを所持していた。知っていながら真実を伝えることができない。言っても耳を貸さないだろう、それが兄の人生だから。 生涯において変わりない永遠の愛のようなものが欲しかった。生まれた瞬間から与えられていたそれをみすみす手放して、自分で自分の首を絞めた愚か者がこの僕だ。それでも自分が赤井秀一のただ一人の弟だという事実だけは変わらない。絶対的に変えようがないのだ、誰に何を知られても、例え僕の兄が死んでも。 # 殺意の人生 |