「自分の子供が死んでいくような感覚なんだ」
不調も不調、作曲が捗らずノイローゼになりながら、死んだ目をしてユキさんは言った。
「せっかく生まれてきたメロディが次々死んでいく。……もう耐えきれない」
あまりに切実で悲しみに満ちた声だった。破水したように溢れた言葉の行く末は、小さな死へと繋がっていった。どこから階段を踏み外したんだろうって何度も考えるけど、オレがユキさんの側にいるだけで、正しいも間違いもないような気がしてた。

白魚のような肌が、なんて言い回しがあるけど、本当に真っ白な腹がびくびくと快楽を逃さないようにオレの下で蠢いている。鎖骨まで伸びたやわらかな銀の髪はぐしゃぐしゃに乱れ、美しく整った顔は悲痛に歪み、口元は唾液と水に近い胃液が垂れ流し状態。もっとひどいのは下半身だった。滑らかな太ももと腹部はどこかで見たAVみたいに白濁にまみれていて、萎えた性器からもまだなんらかの液体が出てくる。必死すぎるくらいに過剰に、ユキはオレの精子を欲しがった。
──セックスと音楽はよく似ている。中毒性があって快楽があって、一度欲してしまうとドラッグみたいにやめられない。そうしてその最中だけは、ユキを呼び捨てにすることが許された。『ユキさん』を守るための、オレが作ったルールだった。今や『ユキさん』は思い出の中にしか存在しないし、それすら殺したのはまぎれもなく自分だというのにね。
音楽にひたむきな『ユキ』を穢してしまうことに、抵抗がなかったとは言わない。ただ、ユキは曲が作れないことに対して相当精神的に参っていたし、セックスをしたところで何が生まれるわけでも、何が変わるわけでもないだろうとオレは予測していた。
「……こんなに注いでもらったのに、どうしてできないんだろう」
うさぎのように寂しそうな目をして、ユキは自身の痩せた腹を撫でながら精液を拭う。オレはついぞその腹に耳を当てて、胎児の音を聞いてみた。本当に子供ができてしまえばいいのにと言い聞かせるように。
「大丈夫だよ、ユキとオレのベイビー、できるよ」
自分でも何をしているのか、何を言っているのかわからなかった。正確には、わからないふりをし続けているんだ、今も。
……言葉とはなんて無力だろう。100の言葉より伝えたいことがあって、100の言葉より伝わると信じていたのに。

ゆるく目を瞑れば、もっと、もっと、とせがむ先ほどの光景がフラッシュバックする。青いネイルが鈍く光って、ぶん殴られたみたいに頭が痛い。
“あの指先一本、いくらの価値がある?” ガンガン響く耳鳴りの渦の中から知らない誰かが問いかけてくる。
視界を開けば、痙攣するユキの手のひらを自然に手繰り寄せ、まるで本当の恋人みたいに指先を絡めた。
鍵盤を叩く一瞬の魔法のような出来事。ギターを爪弾くそれは永遠に失われない、ユキ自身の命の鳴る指先だ。そんな天性の才能を持つ人間に、オレはふさわしくない。素直にそう思えた。思い続けて誰にも言えなくて、今日まで生きてきた。今日という日が過ぎても、明日も明後日も一ヶ月先も一年先も、タイムリミットが来るまでずうっと思い続けるんだろう。それがオレの宿命だから。
ユキの青と、自分の赤を照らし合わせてみる。血の色でもある、生命の赤。全てを切り裂く猟奇的な赤。まだユキに見せていない、オレの本当の赤。混ざり合って溶け合って、そしたらどんな色になって、どんな音になるのかな。最後の日が来たら、教えて欲しい。

1000の言葉を尽くしても帰らぬ人がいる。
ユキは一人になって自由になってはじめて大人になったんだ。この人の力になりたい、その孤独に寄り添いたい。心からそう思ってる。
世間に反発するユキの眼光は死に向かうナイフのように鋭い。オレのことは誰に認めてもらえなくてもいい。ユキが望むのならなんだってする。一生を賭けて、いびつなこの傷を愛し続けてみせる。
滑稽なピエロみたいに誰からも見向きもされなくても。オレたちはまだ、あの日踏み外した非常階段で踊り続ける。


# モ ア ザ ン ワ ー ズ