ドアを開けると、飛び込んできたものは暗闇だった。流れ来るひやりとした冷気が全身を撫でていき、凍死でもする気なのかと俺は室内の温度を疑う。まだ昼間だというのに窓を閉めきり遮光カーテンを引いて照明を消して、冷房をガンガンにきかせてしまえばこの空間の完成だ。 咲良は子供のようにテレビを見ていた。膝を折りタオルケットにくるまりながら、部屋に入ってきた俺に目もくれず、一心不乱にそれを見つめている。テレビ台に収納されている古いオーディオ機器の再生ボタンが光っており、近くにはビデオテープがいくつも転がっていた。ぴかぴかと場面の切り替えが咲良の肌を焼き目の粘膜を刺激し、傍から見れば脳を洗脳しているようにも思えた。 「何してるんだ」 咲良に近づくと、俺はその場にただ立ち尽くした。テレビ画面に映されていたのは、幼い俺たちの記録映像だったからだ。 「忘れもの思い出しゲーム」 咲良は淡々と答えた。感情をどこかに置き忘れてきたような声色で、そうきっとそれは今目の前で再生されている、黒いテープの中で長い間埃をかぶっていたのだ。 「……忘れてなんかいないだろ、」 封をしてしまった記憶、消し去りたい過去、いつしか遠く、思い出すこともなくなったそれら。五人でいたころの思い出だけは忘れるはずがないと、絶対の自信を持っているのはそれだけ強い結びつきがあるからだと俺は考える。 「涼みたいなこと言うのな」 ちらりと横目で見やる咲良の、柔らかくなった視線を受けて幾分か心が安らいだ。咲良はつるりとしたきれいな眼球で俺をゆるく見上げながら、頭から被せたタオルケットをマントのように広げてみせ、隣に来るよう促した。寒いなら冷房を切ればいいのにと思うけれど、俺は咲良の傍に寄り添うのをやめない。この関係が続く限り、きっと死ぬまで。物心つくころからずっとそうだったのだから仕方がない。仕方のないことなんだ。俺は自分に言い聞かせるようにして、促されるまま隣に腰かける。 タオルケットを半分もらうとひんやりした腕がぶつかって、ぴたりと密接したそれを俺たちは決して離したりはしないのだった。体温を、熱を、分けてやる。俺が持ちうるすべての事象の中から、可能な限りのすべてを俺は、咲良に分け与える。意味なんてなかった、ただそれは俺にとって取るに足らない、当たり前の日常だっただけで。 今時VHSがよく再生できたなと感心してしまうけれど、俺も咲良も物持ちがいいほうであったから特にそこまでの驚きはなかった。ざらざらとした画質に閉じ込められた小さな子供が五人、そこにいる。 床に乱雑に置かれたものを注意深く見やれば、テープの中身が飛び出てからまっているものがほとんどで、それは故意にされたに違いなかった。懐かしさを呼び起こさせる映像が延々と流れる中、モノローグのように咲良の声は重く沈み込む。 ――カセットテープもVHSも再生できなくなって ――そのうちにがらくたになっていく ――移し替えることもできるけど ――思い出は思い出としておいたほうが ――美しいままでいられる ――あのころ確かに幸せだった ――こんなふうに眺めていることがすでに ――不毛だな ――終わりにするんだ 「だから、終わりにしようか」 咲良はそのとき振り向いて、明確な意思を持って俺を見た。悲しみと情欲の混じった、少年が大人になる瞬間放たれる色気のような、得体の知れない感情の洪水を、その氾濫を、包み隠さず、そうしてただ俺に受け取ってほしいのだと、言われた気がした。 咲良は内包していた自身と決別することをさみしく思った。あのころのままではいられないのだと、そういう笑い方をして、たよりない手のひらで指先で俺に触れた。 ――いずれ大事だったものなんて簡単に手放せる日がくるよ ――このビデオテープが見れなくなってしまうみたいに ――そういうものだよ ――一時的な気の迷いなんだ ――だから俺たちがしているこれも ――きっと許される 咲良は喋ることをやめなかったし、俺はそれを止めなかった。俺たちは冷えきった部屋で服を脱いで肌を合わせて、大切な何かが失われていくのを知りながら新しい互いを受け入れる。 再生し終えたテレビに映るのは、真っ黒に塗りつぶされた二人の未来だ。ビデオテープは巻き戻らない。 # 僕 た ち の 失 敗 |