「なあそれ彼女の?」「……ああ」「すげー噛み跡、下まで続いてんの?うわ……」「やめろよ、」「昨夜はお楽しみで?はは、……どういう女?」「昔から一緒にいるからよくわからない」「可愛い?美人?」「……しいて言うなら両方、かもな、表情がよく変わるタイプの」「昔から近くにいたら、好きになるとか難しくね?」「自覚せざるを得ないきっかけがあった」「ふうん」

そう言って話を終わらせてしまったけれど、あのとき川和壬獅郎という男が付き合っていたのは中学のころ同じクラスで女子に人気があった管崎咲良という男で、後に俺はそれを知ることになる。
なんとなくそうなのではないかと気づき始めたのは、その話をしてからすぐのことだった。家が病院から近かったので、必ず通りかかる近所の公園には身体的になんらかの障害を持っている人が多く、似たり寄ったりな風景の中で車椅子を押す二人の姿を見かけた。それも一度や二度ではなく、何かを話しているときもあれば、ただ黙って景色を眺めているときもあった。車椅子に乗っている管崎の線は遠くから見ても細く、弱っているように感じられた。管崎と二人でいるときの川和はいつもより表情が優しげで、まるで恋人と一緒にいるときのようで不思議に思っていたのだけれど、ある日木陰で川和が屈み、木に手をついて、二人の影が重なっていくのを見てしまった。それが決定打となり、そうなのか、と俺は漠然とクラスメイトの誰にも言えない事情を垣間見たのだった。
高校に入って席順が前後になったこともあり、特定の誰かとあまりつるむことのない川和と俺は比較的仲がいいほうだった。帰り道、並んで歩いていると音楽室のほうから中学のころ管崎が弾いていたピアノの、合唱曲の伴奏が流れてきた。瞬間、さくら、と川和は聞こえないくらいの声で、その音にまぎれて小さく呟いたのだった。
「なあ」
それ以上の言葉が続かなかった。俺が勘づいてしまったことを、あいつも勘づいていた。
「管崎咲良」
お前も同じ中学だったから知ってるだろ、と白状するように川和はとうとうその名前を口にした。
「これ、あいつにつけられたんだ」
川和はワイシャツの襟に隠れている首筋に刻まれた、愛や所有や情欲の証を自身の指先でゆっくりと撫でた。きっとそこには憎しみやどうしようもない無力感への抵抗も同時にあるのだろうと俺は想像した。
お前の察する通り、そういう関係だと力なく笑う、そんな顔を初めて見たから俺は思わず足を止めて息を呑んだ。
「俺は、何か間違えたか?」
ただあいつの笑顔が見たかっただけなのになあ、と弱々しく落ちていく、物悲しい声がいつまでも耳にこびりついて離れない。
「なあ、俺は」
どうすればよかったんだ? その問いに答えられないまま数年が経ち、今も桜を見ると時々思い出す。美しい季節に寄り添うように車椅子を押すあいつの姿を、愛おしそうに首筋の跡を撫でた指先を、誰にも話すことのない秘密を打ち明けたときの、なんだか今にも泣き出しそうな、悲しみと慈愛に満ちた、その訴える目を。


# I . N . M