例えば首筋に手をかけて力を込める一瞬で君が笑う理由とか


朝から俺はとても苛ついていた。事あるごとに物に当たったり人に当たったりしてもう気分は最悪だった。
部活が終わった後に違和感のある笑顔を貼りつけたまま、強引な態度で嫌われているであろう後輩の家へと上がり込む。廊下を通り、居間を覗くが誰かがいる気配はしない。木の深い紅の階段を一段、また一段と踏む毎に先ほどのピッチングで散々痛めつけた身体の咲く青を想像する。背筋がぞくりと震え、纏う冷たさがより一層強まった。
気だるそうな顔をしながらその部屋へと招く。そんな風に無防備なお前が悪い。

その無垢な目を、開けた口から出る皮肉を、俺を殴ることなんて絶対にしないその腕を無理矢理捻じ伏せる。壁の鈍い音がした。理由も言葉もないままタカヤの顔を殴る。抵抗しなくなった腕は自身を抱きしめていて、ああこいつの泣いた顔が見たいななんて頭の片隅で考えた。狂気を持った目で目が合うまで見つめる。涙ぐんだそれと焦点が合って俺はタカヤの首に手を掛ける。恐怖と喜びとで震えた指先は生きる鼓動に触れた。血の流れとその温かさ。
ああなんて残酷な眺めだろうと恍惚を覚えながら両手の力を込める、その一瞬、その一瞬であいつは笑った。すべてを許したかのような、またはすべてを諦めたかのような表情で、頬を涙で濡らして、息もしていないような口元で、笑ったのだ。
驚いて、頭が真っ白になって、胸の奥のまだ誰も触れることのないやわらかな部分に触られたみたいな、そんな気持ちになって、俺にこんなひどいことをされてまでお前はまだ笑うのかと、
俺を許してどうして自分を諦められるのかと、殴ったはずの俺が殴られたかのような衝撃だった。
手を緩めて、そのまま抱きすくめる。

(ごめんな、ごめん)

今にも泣きそうなこの気持ちは、こんな胸の痛みは知らない。
鼻先をうずめた首筋の匂いが胸の内側を満たしたことは確かだった。