ラソファソラシソ

顔に当たってしまえばいいと投げやりな気持ちで左腕を振った。体育館倉庫の中は薄暗く、俺たちの他には誰もいなかった。見事に隆也の頬は赤く腫れ、涙がぼたぼたと血のように垂れていた。本当にそうなってしまったことに罪悪を思ったけれど謝ったところでこの関係が修復されるわけでもないので俺は隆也の手を取ってなんとなしに歩きだした。
「ど、こ、行くんですか」
未だ目からたくさんの感情をこぼしながら隆也は問う。ウチ、と答えると隆也は驚いた顔をしてこちらを見やる。

家に着き、部屋のベッドに座らせたときには隆也の泣きは収まっていた。小さなビニールにつめた氷と少しの水を押し当ててやればびくりと痙攣ともつかない反応を示した。短い髪を撫で上げて、反対の頬をさすると涙の渇いた跡に気がついて余計に愛しくなった。ふるえる瞼の曲線、その生えそろった睫の美しさ、通わない焦点にこのまま時が止まってしまえばいいとさえ思っていた。
「俺にこんなことしたって何にもなりませんよ」
ぶっきらぼうに嘯いたその言葉を俺は1ミリも信じない。なんとなく暴力を振るいたくなって拳を握り締めたけれど、あいつの脅えたような今にも泣き出しそうなやわらかな和紙が裂けてしまったような顔を想像してやめる。
「いんだよ、別に」
答えなんてどうでもよかった。じゃらじゃらと氷の擦れる音。袋にひっついた水滴が俺の世界を濁らせる。
持ちます、と右手がそっと左手に触れた。本当に何気ない動作の中、一瞬だけ、透明の蠢く景色が揺れる。とても、あたたかな手だった。皮膚に溶け残ったその温度が忘れられなくて、思わず奥歯を噛み締めて、歪む顔を隠すように俯いた。小さな口が俺の名を呼んだけれど何も返してやれないのは俺が無力だからか。神経を持たない右手が蝉の抜け殻のように床に転がっていた。