パイロットランプ

試合が終了した。
俺はいつものように投げる分だけ投げて、マウンドを降りた。その結果敗退したが、誰ひとり文句は言わなかった。いや、本当は言っていたかも知れない。だけどそんなのは耳にも入らないし、終わったことを穿り返されるつもりもない。これからを変えるつもりも、ない。結局誰がなんと言おうと、無駄だった。

各自解散を言い渡され、俺は荷物を外に置いて整理していた。周りはすでに帰ったあとなのか、人の気配はない。すると、壁の奥のほうで、呻くような、すすり泣くような声が聞こえた。だからといってこの場から逃げるのも自分らしくない。そう思い、あえて壁の向こう側へ近づいてみると、そこには隆也がいた。

ざり、と砂が擦れる音に気がついたのか、目線が合った。隆也は、苦虫をかみ殺したような顔をして涙ぐんでいた。また泣いてんのかよ。そう思った。正直、うんざりした。投げかける言葉もなく、黙りこくっていたらゆっくりと息を吸った口を開けて、狂暴な目つきをした。

「・・・あんたが、投げないから」

痛みが突き刺さりそうなほど、強い目をしていた。何か、ものすごい狂気に包まれたような感じがして、圧迫感に飲み込まれたように、目が逸らせない。

水に浸ったままの、なまぬるいだけの心理でごまかせるはずがなかった。動こうという意識がまるで働かない。浮遊している、そんな気がした。頭の中が真っ白になる。

(    なんだ 、これ。)









「なんだ、よ・・、」
空白を破ってやっとの思いで吐き出した。思ったより時間がかかったことに自分でも驚きを隠せない。口から零れ落ちる言葉の意味も理解できないまま、ただ呟いた。何食わぬ顔で、言ってやれればよかった。そしたら、幾分かましだった。どう状況を考えようと俺は自分の意思を曲げる気はないし、憎まれるしか方法はないと決め付けていた。

「俺はいつだって、信じて、・・」


なのに、どうしてだ。なんでこんなこと言うんだ。錯乱する、思考がまとまらない。信じる?おまえが、俺を?冗談じゃない。できることならそう嘲笑ってやりたかった。初めて、あいつがほんの僅かに漏らした本音。震えた声、濡れた頬を拭う手。嗚咽を必死に耐えるように、息を整えているのがわかる。泣き腫らした顔を俺にさらけ出すまでして、伝えようとした、言葉。

あんたなんかに何も期待してない、そう言われたほうがずっと楽だった。それは単なる逃げなのか、それとも。砂の味がしたような気がした。苦い記憶が口の中に目一杯広がって、噛みしめるように唾を飲み込んだ。


(別に俺は悪くない)


嘘を吐こうとした。自分自身にも、あいつにも。合理化させようとしたのだ、目を伏せたふりをして、何も見ちゃいないと言い張って。この両手さえ、言葉さえ、持て余して。

「それでもあんたを、     」

そう確かにあいつは言った。呟くように、うつむいて、聞き取れもしないような声で、そう言った。ゆっくりと差し込んできた西日が、俺の顔とあいつの背中だけを照らしていて、急にまぶたの裏がじわりと痛んだ。パイロットランプをじっと見つめているような気分だった。点滅する赤いランプ、危険信号が鳴る。


俺は思わず抱きとめようとした左手をにぎりしめて、ただ一言ごめんとも口にしないまま、目の前にいる奴のことを思った。