青の声


「お前はなんの力も持ってないくせに」
執拗に繰り返される、意味のない言葉ばかりが宙を舞う。どろどろに混ざって溶けていく空気の流れや、とめどなく溢れる言葉が咽にからみついて離れない。

「傷ついた顔して、そんで?」
俯いた顔を上げ、真正面を向くと鋭い目線と目が合った。知らず知らずのうちに慣れてしまったこの目線は挑発ばかり誘ってくる。この指先がもし触れてしまったら、それは何を意味するのか、その答えをまだ知ることはできない。
殴りかけた右手をそっとしまうと、それに感づいた榛名が艶かしく笑う。扇情的に、わざと口元を緩ませる仕草は悪魔のようだ。
「なに、俺に逆らおうっての」
白紙のページに文字をつづるように、耳に流れ込む言葉、痛み、拒否。結末はとうに見えている。自分を貶めて、忘れてしまいたいだけ。ひどく冷淡な口調で、嘯いた。
「言いたいことは、それだ」

「そんな目でにらむなよ」
手が伸びたほうが先か、かすかな音によって遮られたほうが先か。覗いた白い手首が強い衝撃を与えて、その狂気に俺は過剰に反応するんだ。

青が鳴る、青が鳴る。身体中が、ナイルブルーに染まっていく。

誰も睨んじゃいない、この目線が気に食わないだけだ。そうだろう。叩きつけられた床が妙に愛しい。意外とマゾヒストなのかもな、なんて自嘲気味に笑う。
・・・思い違いも大概にしてほしい。
身体中が痛すぎて、目も開けられない。一方的な暴力は、いっそう俺に嫌悪感を与えた。吐き気がする。歯はガチガチと震え、冷や汗が額を伝って流れていった。



うっすらと血が滲んでいる唇に生温かい感触が蘇って、一瞬、夢か現か区別がつかなくなった。
「いいすぎた」
その儚げに揺れる哀しい顔が、あまりに淡い青を連想させて、俺は顔を歪めた。青の声が、遠く離れてぼやけていく。何も見なかったふりをして、聞かなかったふりをして、この温かさを忘れることなんて出来るはずがない。


「あんたみたいに暴力的になれればよかった」


感情のように溢れだす涙は一向に止まらない。口走った言葉は小さく、呻きとも掠れとも取れない声になっていた。
目をつむると青が迫り来る恐怖のように俺を襲う。
鮮烈に、激しく胸を打つ。



そしたら、そしたらきっとまた俺は、あの色を思い出すことができるだろう。