「夢を見たんだ、お前を嫌いになる夢」 そう言うと、 へぇ、それじゃその夢のまま嫌いでいいじゃないですか、と皮肉ぶった声が聞こえた。 夢 の あ と に その夢の中で、俺はタカヤにずいぶんと酷いことをしてしまった。泣き腫らした目をして、反抗すらしないことに腹を立てて、暴言を吐いて、あいつの身体を思いきり蹴飛ばして、それからあいつは笑ったのだ。それはそれは、奇麗に、顔を歪めて。あいつの渇いた笑いを見たらなんだか胸が軋むように痛んで、目が覚めたとき急に不安になって、それはきっと傷つけたと思ったからだった。 「今だって嫌いなのにな」 部室のロッカーが軋んだ音を立てて、それから俺は乾いたように言葉を発し、笑えもしない空気を埋めようとしていた。吐いた言葉とは裏腹に、これ以上何かを失うことについてをずっと考えていた。どうしてあの時あいつは抵抗しなかった、どうして笑っただけだった、ひねくれた愛情表現ばかり持ち合わせていた俺はどうすればあいつに否定してもらえたのだろう。 (俺にはまだ、お前が) 失うことは嫌だと思った。 否定されたのなら、それで俺の存在が認められるなら、それでいいとも思った。だってそうすればタカヤは俺を忘れることはないだろう。俺は一生タカヤの記憶の中で生きつづけることができる。今だってそう信じている。 このところ俺はタカヤのことばかり考えていて、いっそ病気なのだと自覚するようになった。それと同時に、触れることが怖いと思うようになった。タカヤという存在に依存して寄りかかって、いつか自分の中に溜まったどろどろの感情を剥き出しにしてしまうと知ったからだ。そしたらきっとまたタカヤは傷ついたような顔をして、何かが壊れていくのを目の当たりにするのだろう。今にも崩れ落ちそうなそんな目をして、拒むこともしないであいつは俺の前から消えていく。そんなのは、嫌だ。 「ごめん、さっきのうそ」 何も考えずに、自然と発してしまった言葉には何の意味も宿ってはいなかった。呟いたあと、それをどう取ったのかは知らないがタカヤはあっけらかんとした表情で聞き返した。 「夢がですか?」 違う、と首を横に振ってうつむくと、なんだか胸が締め付けらるように苦しくなって、どんどん変な感情が目まぐるしく迫ってきて、ああそうか、きっと天罰が下ったのだななんておかしくなった頭で冷静に考えてみたりもした。あいつはそんな様子を心配してか、着替えていた手を止めて、瞬きを一度してから俺を見るんだ。抉り出したいほど黒く、透き通った目で。 大丈夫ですか、というタカヤのか細い声が俺の耳を通ってすり抜けていく。なんだか泣きそうになって、情緒不安定なんだと思い込みながら、顔を上げる。するとまだ幼なさが残るやわらかな曲線、さっき想像したとおりの真っ黒い眼球が何か言わんとばかりに俺を見据えている。嫌いならそれでいい、どうか拒んでくれと願いながらおそるおそる指先を伸ばすと、タカヤは全てを許容したように目を伏せた。 (こわいんだ) 自分でもどうなってしまうか予想がつかなかった。その事態を俺はひどく恐れていたはずだ。なのにどうして、今俺はタカヤに触れようとしているのだろう。体温とかそういうもの全部の感覚がなくなりそうだった。頭の中がぼんやりしている。浮遊した手のひらが、おぼつきながら、でも確かに空中を切って、何かを掴んだ。 「俺がだめなんだ、俺がまだ、お前を・・」 やわらかな白い頬を伝って、肩を抱きしめたとき、やっと俺はぐちゃぐちゃに塗れた感情を吐き出すことができて、それはなんて狂暴な気持ちなのだろうと自分を詰責することもできずにいた。 そんな俺を知ってか知らずか、それでもあいつは何も言いやしなかった。言葉を濁すこともなく、まっすぐ俺だけを捕らえて、拒むことも、否定もしなかった。かすかに震えた指がそっと俺をなでるように触れて、背中が甘く痺れた。映し出されるのは、まばゆいほどの青紫色に変色したあざの色と、奇麗に顔を歪めて笑ったあいつの顔。 「ごめん、ごめん・・タカヤ、」 何か、口にしていないと不安で不安で、押しつぶされそうになる気持ちを必死で抑えたつもりだった。自分が楽になりたいがためにする、意味のない言葉だとわかっていながら、それを許してくれたあいつが愛しくて仕方がない。 (俺は一体何を恐れていたというのだろう) ああ、きっと思い切り抱きしめてあげられたらよかったんだ。 この絡まった腕と腕の空間がなくなって、余計な感情を忘れてしまうくらいに。 あざだらけになったお前を、愛しいと思うこの気持ちひとつで。 |