心ナイフ

やわらかな布から剥ぎ出された艶かしい首筋、骨が浮き出ている背中、その横顔のラインがあんまりに奇麗だったものだから、つい見蕩れていたら目線が合った。
「なんだよ、」
最後のほうは声が掠れていて、俺はそのぶっきらぼうな声を聞くたびに胸を焦がしていた。

いつかこの線も、耳に残る声も、幸せな痛みも、愛したはずの指先も、愛していたはずの自分も、駄目になって、嫌いになって、溶け切らない沈殿物みたいに消化できないまま残ってしまうんじゃないかって、とりとめもない不安に苛まれて、だからそうなる前にどうか俺を蔑んでほしいと思った。

なんでもねーならこっち見んな!と虚勢を張ったように吐き捨てられると、さっき感じた不安がよりいっそう強まった気がして、でも、永遠に届くことはない、交じり合うことはないと知った俺に、そんなことが言えるはずもなかった。

( ふれたい )

吐き出しそうになった言葉、息を呑んだ瞬間。なんて汚いんだ、となじるように自分を軽蔑した。どうしたらこの気持ちは通じる、なんて言えばいい、どうすれば伝わるのだろう。今日も胸の奥で心ナイフを手さぐりで探し出すと、それは透き通った、まじりけのない感情で出来ていて、俺はそれを思い切り彼に突き刺して、そうしたらきっと、ぜんぶ伝わるんだ。
( いっそこれが恋だったらこんなにも苦しくはなかった )
どうしようもないくらいに愛しい、でも決してこれを恋と片付けていいものではなかった。
「あんたが、わかってくれないから」
違う、違う。悪いのは俺だ。咽の奥がふるえて、音が鳴った。涙が出た。どうしたら楽になれるかなんて答えはとうに出ているのに。
「何がだよ、」
ちいさく呟いた声に、しっかりとした意思は感じられなかった。少しだけ痛そうな声だった。

すぐそばにあった腕を掴むと、交わることのない一線が俺に境界線を引いて、俺は今にも泣きそうな顔をして、必死にその腕に縋るととても惨めな気分になった。その腕に伸びた手が俺を哀れんだのか、やさしく撫でるように触れられて、余計に泣いてしまいそうだった。それでもこの気持ちをどうにかして伝えたくて、吐き出して安心してしまいたくて、俺は言葉を紡いだ。
「あなたが、好きなんです」
歪んだ笑顔、軋む声が頭上に浮かぶ。


( 違和感だけ残って、あとはもうぜんぶ痛いだけだ )







手に持った、心ナイフを振り翳して。