首筋に噛みついた猫 この人のボールの速さは、青紫に変色したこの皮膚の痛みよりも、ずっと冷たい。 汗臭さと湿っぽさを混ぜたような空気の中、汚れたユニフォームを脱いだ。どうにも更衣室っていうのは独特な香りばかりする、なんて思いながら自分の身体についた痣を見やる。滲んだ視界、一瞬の、凍えつくような痛みと悔しさばかりが込み上げてくる。そっとその痛みの痕に触れて、もう一度思い出す。自分が感じられるだけの温度、氷よりも冷たい、一秒にも満たない感触。 (もっと、痛みを) 寒気がして、なんておぞましいのだろうと考えて、やめた。 「隆也?うわ、」 ドアが開いた音がして、気持ち悪ィーなんて言いながらまじまじと痣を見つめるこの先輩は、きっと自分のことなんか何一つわかっちゃいない。 「誰がつけたと思ってんスか」 不機嫌な口調で、つい口から零れ落ちてしまった。ああ、また馬鹿なことをした、と思った。足りないのは、実力と経験と、この人に伝えるべき言葉だ。みるみるうちに、顔色が変わっていくのを見届けると、目線が合った。 「てめぇ、生意気なんだよ」 この狂気は静かに、共鳴する。 間髪を容れずに、勢いよく手が肩を押した。壁に凭れかかる形で、左肩に力が加わる。背中がひんやりとした。腕が上がって、振り下ろされるのがわかると、覚悟して目を瞑った。 抵触する、抵触する、・・・接触する。 殴って蹴って、気が済むまで犯せば満足なのだろうか。そうされることによって、何故だか満たされる気がしてた。でも違う、それは一方的な感情を向けていただけの話。すべてをわかった気になっていただけ。 首筋に、思わず呻いてしまうくらいの痛みがあった。牙を立てられた、この痛みも嫌いじゃない。俺はこの人に与えられる全ての痛みを愛していることに気がつく。 (ただの道具としてしか思われてなかったのだ) そしたら俺は、どうしたらいい。 「た・・、かや?」 抵抗は一切しないまま受け流していたら、急にいつものあの人に戻って、見つめられると頭の中が真っ白になってしまうくらいの奇麗で優しい目になっていく。ちいさくなって、過去に押し込められて、胸の内側から潰れた音もしないまま共鳴の波紋が、消えた。 解き放たれたような開放感、なのにわだかまりが残る。 「手、離してください」 触れていた体温さえも突き放して、ずきずきと痛む身体を無理矢理起こした。一体自分は何を求めていた? 考えたくもない。 ロッカーの前に立って、制服に着替え始めると、渦巻いている、依存だとか欲望だとか、自分の感情を支配するすべてのものを忘れようとした。 曖昧にしてすべて包み込んで誰にも知られないように隠してしまう。 ・・・この傷のように。 |