どんな言葉を


「俺とはもう何の関係もないでしょう、」

偶然、学校の帰りに再会して挨拶をするなりあいつはこう言った。
ぽかんとした顔をして、俺があっけにとられていたらタカヤはすばやくその場を立ち去ろうとしていて、その瞬間、俺はタカヤの腕を掴んだ。
「放して下さい」
昔のことを思い出したみたいに思い切り目を背けたのが前とは打って変わって特徴的だった。まっすぐに向かってきた瞳の色がひどく懐かしく思えて、もう二度とあの目を見ることはないのだなぁと俺が感傷に浸っている間も、タカヤはずっと目を逸らし続けていた。俺はその腕をなぜか放すことができず(だってそうしたら逃げられるに決まっている)、そうこうしている内にどんどん腕の力が強まっていく。
「あ、わりぃ」
無意識に込められた力が急に抜けて、タカヤの腕が振りほどかれた。俺に触れられるのも拒むかように、硬く、こわばっていた身体。伏せられた睫。

「あなたは最低な投手だ、俺はそんな人のことなんてもうどうでもいい、」
ぽつりと吐きすてられた言葉は俺の耳にしっかりと届いていて、それは心の底から軽蔑したように嘲った声だった。
(なんだよ、最低の投手って)

「あなたはいつもそうだった、自己中心的で、わがままで、やっと気がついたと思ったら俺なんかどこにも居ないんだろ、なぁ」


震えた唇、涙色に滲んだ瞳。

たくさんのことが、目に焼きついた残像が、・・・思い出や、懐かしさ、感じたこと、もう忘れたと思ってたこと、忘れたいと望んだものや、タカヤの顔、あのときの絶望が一気に溢れかえってくるようで、身体が何かに打ち付けられたような衝動が走った。そして、徐々に薄まって、次第に溶けて、真っ白になっていく。目の前にあるものしか見えなくなったときにはすでに、タカヤが唇をかみ締めて、俯いていた。

(なんでそんな泣きそうな顔してんだよ・・、)

抱きしめてやることが、こんなにも難しいと思ったことはなかった。
俺はあのときも、何も言えずに、何もできずに、ただタカヤの涙だとか赤く染まった頬だとか、小さく震えた肩、痛そうに、悔しそうに顔を歪めていたのを見ていただけだった。何とも思わなかったわけでは、なかったはずだ。なのにどうして。

俺を取り巻くすべての感情が邪魔だ。疎ましい。
何も考えずに、ただまっすぐにお前を抱きしめてやれたらよかった。

握り込めた手のひらが痛い。空気が澱んで行く。


「・・あんたが、憎い」

あのとき、今感じているこの気持ちを理解できたとしたならまだお前を想ってやることができたかも知れない。腹の中に鉛が埋め込まれたみたいに、ずしりと重みが伝わってくる。重くて、痛い。それでもまだ、お前のことを捨てきれない俺はどんな言葉を掛けていいかもわからず、目の前をただまっすぐに、手を伸ばす。