ニヒル

練習に疲れていて眠ってしまったのであろう、ベットの端からだらんとのびきった腕の指先が、まるで迫り来る不安を察したようにびくりと反応した。唐突に震えだす、傷んでしまった肘を見ると、俺は薄くて暗い色をしたナイフを想像する。そのナイフが鋭く、射るように突き刺さったときすでに俺は死んでいて、目と口が開いたまま思考だけが存在するのだった。そんな想像が終わると、心に闇がじわじわと広がり、何かにおびやかされたような錯覚がする。その瞬間をなぜだかいつも待ちわびていた。

部屋の電気を消して、仄かに薄暗くなった部屋の中で、仰向けになって寝ている人物の上に乗っかる。重みを感じたらしく少し苦しそうに呻き声を発すると、俺はそれをも可哀相にと悲観し、蔑みながら顔の輪郭をそっと撫でて、上唇にキスをする。触れた手がじんわりと熱い。

( ごめんな )

たくさんの感情が混じりあい、飲み込めない空気がどんどん肺の中でふくらんでって、いっぱいになってもまだ酸素を取り込もうとする。泣いている彼がまだ俺のどこかに潜んでいて、それが確実に、もう済んでしまったことを思い出させるのだった。どうしようもなかった、と自分を納得させようしたが、いつまでたっても心残りにずるずると引き摺っていた。仮にも彼ではなく、どうして自分が。誰も問いになど答えてはくれない。一番辛かったのは彼ではないか。それを自分が引き摺る必要がどこにある。苦く、色褪せた思いが蘇り、渦を巻いては流れ出す。悲しみが俺の隣で横たわり、そして笑っている。

「その喪失感を味わったんなら、それ、俺にも分けてよ」

愛しい感情も憎しみも、いっしょくたにしてただ呟く。そんな言葉に何の意味もない。あるはずがないのだ。震えた声をごまかすようにかたい手の平で肩を押し付けて、もう一度呟く。
「なぁ、 聞こえてるだろ、」
歪んだ顔をさせて泣いたってもう何も戻ってはこない。全部わかったふりをして、尚、そんなことしかできない俺はどこかに消えてしまえばいい。

瞬きをする間に、何色も混じって区別すらつかない色をした塩辛い涙が落ちて、彼の頬をも濡らした。