あのさえずる小鳥は歌い方を忘れた


「俺、準さんになら何されたっていいよ」

心の中で、薄く張った氷が一瞬にして溶けたような気持ちがした。搾り出したようなかすれた声がなじまないまま耳に残って、今にも泣きそうな顔を歪めて利央は俯いた。赤く染まった頬の色を沈黙は知っていて、俺にはそれが羨ましく思えた。

( きっとこの言葉は嘘じゃない )

その意味を悟ってしまったと気づいたときにはもうすでに遅く、目の前ではただ落ちそうになる水滴をおしとどめている利央がいるだけだった。零れ行く涙を止めることはできないと確信したのもほぼ同時のことで、それはなんて残酷なことなのだろうと頭の中でわかっていながらそ知らぬふりをした。利央、と小さく名前を呼ぶと、重たげな顔が上がってそれから目が合った。今にも壊れそうな瞳の色に、じんわりと涙が滲んでいる。

「ごめんな」

手を伸ばすと、睫が揺れ、びくりと震えた肩を見たら俺の中であたたかな感情ばかりが沸きあがってくる。どうしようもない気持ちが溢れ、そのままやわらかな髪をまるで愛しいものに触れるかのように撫でた。左手でそっと閉じられた瞼をなぞると、しおれそうな花よりも脆い声がおもむろに枯れ始め、腫れ物にさわっているような音が遠く、じくじくと傷む。触れた場所から溶け出して、泥のように、塩辛い涙のように、何もかもが流れていく。


和さんが、俺だったらよかったのに

ぽつりと置いてきぼりにされた言葉はより深く俺の心を抉った。枯れた泣き声が糸のように絡み付いて振りほどけない。
俺が思うよりもずっと前から利央は俺のことを想っていただろう。その気持ちを汲むことすらできずに、受け入れようともせずに、何も知らないふりをして抱き留めることをしない俺は、お前を傷つけることしかできない。

( なぁ、俺はずるいだろ、もっと憎めよ )


まだ幼さが残るやわらかな顔の輪郭、薄紅に染まった頬、愛しい言葉を紡ぐ口、潤んだ瞳、俺はお前の全てを手に入れてしまった。





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