似合いの花

ぞくりと鳥肌が立つような目線で睨まれて、瞬間冷や汗がこめかみの辺りを伝った気がした。きっとまた俺は困惑した表情が顔に出てしまっているのだろう、何かを言おうとした口が開かれてそのままなのもわかっていながらただ肺呼吸をした。緊迫した空気、試合のときのグラウンドとはまた異なった圧迫感を感じる。口の中が苦い。

「なァ、殴ってくれよ」
自分のことをさも嘲笑うかのように口元を弛ませながら、うつろな目をして島崎はそう言った。
「殴る理由が、・・ないです」
このままじゃ余計苛立たせるだけだと知っていながら目線を泳がせて、どうにか回避することばかりを望んでしまう。迫り来る足音に怯えながら、立ち竦むまいと必死に地面を足で掴む。のどが震えて、それでもうまく喋れない。右手を強くにぎりしめた。すぐ傍に気配を感じて肩を押されたかと思うと、無抵抗な身体はいとも容易く壁に打ち付けられた。かといって思っていたよりも痛みはなく、なんだか妙な心地だった。

おそるおそる薄く目を開くと、皮膚から漂う石鹸の香りが鼻をかすめて、眩暈すら覚えた。近づいてくる顔に、これから何をされるのか予想がついている(辺りで俺は正真正銘のホモなんだと思う)のに、あの得体の知れない、よどんだ瞳の色が俺の目を捕らえて離さない。顔を背くことすらできずに、意味もないその行為を受け入れた。ぬくもりだけを奪い取るように口付けられて、生々しい感覚ばかりが後を引く。気持ち悪い。唇が離れて、瞬きをしている俯いた目がひどく美しいもののように思えた。

「お前、俺のこと嫌いだろ」
それはあまりにも自分を嘲るような、痛さを内包した声で、途端に胸苦しい気持ちに襲われる。その言葉が、音が、ざっくりと俺の身体のどこかを確実に切るのだ。
いつから傷つくことを恐れるようになったのだろう。どうしてこの人を、こんなにも恐ろしいと感じてしまうのだろう。自分に非があると感じてしまうのは、間違っているのだろうか。

おびただしいほどの恐怖が、目の前にいる人物の狂気が、白く焼けていく。



「お前には花が似合うよ」


俺は生きた心地さえ忘れながら、耳に溶け残った言葉の意味を今でもずっと考えている。