本音と嘘と

休憩中に、他の先輩と喋っているあの人を見て、自分もそんな風に接することができたらなぁなんて馬鹿なことを思ったつもりだった。

たまたま今日は機嫌がいいせいなのか、そうでないのかはわからないけれど。俺には、滅多に向けられない笑顔。その顔を見ていたら、胸にしこりのようなものが残っていく感じがした。
(あ、やべ、目ぇ合った)
あわてて目線を逸らすと、遠くから声が飛んできた。
「なんか用かよー!」
きっと他の先輩も不審に思ってるな、なんて思いながらもなんでもありません、と返事を返した。


部活が終わって、器具庫で片付けをしている時だった。大体の人が帰っていったはずなのに、僅かな影が差し込んできて、見上げるとすでに着替え終わったあの人がいた。
「最近さあ、お前、俺のこと見てねぇ?」
正直、図星だった。なんとなく目で追っている気はしていたのだ。でも、特に意味があるわけではなくて、ただなんとなく、だった。
「他の奴とかに言われんだよな、お前が俺を気に掛けてるんじゃないかって」
「馬鹿なこと言わないでくださいよ」

「・・じゃあなんで見んだよ。ウザいんだけど」

意外と真剣な顔だった。こういう所だけはいやに神経質だ。
「別に・・、」
言葉を濁すと、それにがつがつ付け込んでくる。
「なんだよ、俺のこと好きなわけ?」
「・・・っ、」
こんな感情を持ってしまった時点で可笑しいとは思った。違うなんて頭で否定しながら全然ごまかしきれてない。認められるはずもないのに、そう願っている自分がいた。ますます追い詰められて、余裕なんてあるはずもない。困った。
「はっ、くだんねぇ。笑える冗談だな、」
「、冗談なんかじゃ」
はっと息を呑んだ。しまった、口が滑った。頭が真っ白になる、心臓だって高鳴ってる、なのになんでこの人はきょとんとした顔をしているのだろう。

自分の気持ちに偽りはなかった。ただそれを伝えていいかなんて、決まっているわけで。困惑した表情を浮かべて、必死に弁解をしようとするも思うように言葉が見当たるはずもなく。
「・・・冗談なんかじゃ、ないんだ?」
焦った。見抜かれている。どうしてこういうところまで聡いんだろう。

「もし、仮にそうだとしたらどうします?」
このままじゃまずい、そう思ってとっさに出た言葉がこれだった。
もっと冷静になれ、頭に命令を下す。










―――――いいぜ?




耳元で、甘く囁かれるように言われた。離れた後の顔が、やわらかい風が吹いたみたいに、笑っていて。身震いがした。聞き間違えたのか、とも思った。思わず目を見開いて、さっき聞こえた言葉がぐるぐると頭の中を循環している。
(なんなんだ、どういうことだ?)
溢れ出してはならない感情がどろどろに溶けて浸透していく。わからない、どうしたいのかも、どう答えていいのかも。


どうせまた嘘に決まってる。ここで奴の罠に嵌ってはいけない。


「はは、冗談でしょう」
笑っているつもりが、声まで震えてた。
「・・・お前それ、本気で言ってんのか? そんな、今にも泣きそうな顔して、何が冗談だよ」
カチンときた。そうさせたのはどこの誰だよ。
「だって普通、可笑しいでしょう。」
「何がだよ」
本当に頭にきた、もう何がなんだかわからない。ぶち切れそうだ。握り締めた手が、わなわなと震える。
「結局、あんたは何が言いたいんだよ、俺にどうしろって言うんだ。あんたが好きだって言えば満足かよ」

「そうだよ。お前さえ認めれば俺は満足する」
「何で!」
もう我慢の限界だ。大声で怒鳴りつけたい。
「俺がお前を好きだから」


・・・・・・・・・はぁ?

多分、この言葉を口にしたのは心の中だけじゃない。じゃあ、今までの会話は、一体? たったそれだけの、ために?
(やられた・・・)
がっくりと肩を撫で下ろした。今、俺はものすごく呆れた顔をしているだろう。感動もなにもない。無駄な体力を消耗してしまった。追い詰められるだけ追い詰められて、さんざん弄ばれてこのオチ。最悪だ。
「ああ、そうですか、認めますよ、よかったですね」

半ばまるで自分の口から出ていないような返答で、結末を迎えた。