鉄の味がする

青色のプラスチック、中心部にはめこまれた刃物。
あ、なんてわざとらしく呟く前に視界に入っていたから、なんとなく手に取ってみる。更衣室の床に、なんでやたらと新しく見えるカッターがあるんだろう。誰かが落としたとかその辺りだと見当はつくものの、結構奇妙だ。何気ない文房具には、いろいろと因縁がある。特にカッター。

ふいに、リストカットを思い出す。別段、悪いとは思わない。その意味を、その理由を。どういう、気持ちで。
(そういう人を、やさしく思ってあげられればと、思う)
カチカチと音を立てて、むき出しの牙を向けられる。右手に持った凶器を左手首にかざしてみると、何かがわかりそうな気がした。ひやりと一瞬触れた、なんて冷たい温度だろう。

(痛みを感じることによって得られる何か。)

どこか共通している狂気。青い痣を作られることによって、俺は何を得ている。にぎりしめた凶器は、鈍い銀色を放っていて、まるで冷ややかな視線を浴びているような、そんな気持ちにさせた。

「おい隆也、何やって―――」
突然、どこからか声がした。
驚いて、音に反応して震えた指先、鋭い刃が、皮膚にゆっくりと赤い模様を描いていく。一緒にバッテリーを組んでいるこの人が近づいてきて、あ、という表情をした。痛みだけを残して、色が鮮明に焼きついていく。


赤い赤い、血だ。



呆けていると、いきなりぬめやかな感触がして、その生温かさに眩暈がしそうだった。腕を掴まれて舐め取られる、一瞬の動作。薄い傷口から、どくん、と波打って溢れ出す液体。
「な・・に、 」
閉じられた瞼の下に影が落ちていて、俺の血なんかよりもずっと赤い舌が、左手首を這う。言葉が詰まって、咽を通らない。

柔らかな唇で、魔法をかけられる。口付けを落として、やさしく離れていった。




強引に腕を引かれてから、長かったのか、一瞬だったのか区別がつかない。伏せられていた虹彩が輝きだして、つやのある黒い色を映す。ここで目と目が合ったら最後、だ。
わかっているのに。いつだってそうだということを思い知らされる。この人のもつ瞳の色と雰囲気に、酔う。ああ、もう駄目だ。・・・カタルシス。

キスを交わすと、血の味がした。これは俺の、

( 鉄 の 味 が す る )

それはなんて、傲慢で、欲深な。