俺の生まれ育ったところには海がない。
県内には山はあれど田や畑が広がるばかりで、祖母の家から地平線すら見えてしまう始末だ。海沿いに住んでいる人間のほうが少数だろうけれど、遠出をしなければたどりつくことのできない海は俺にとってやはり少々特別な場所だった。
そういえば家族以外の誰かと見た海は、彼が生まれて初めてだったのだなあと思う。友人ではなかったし、ただの先輩という間柄だけでもなかった、仲が特別いいというには説明に欠けていて、容易に人に言えないようなことをしたのは確かだけれど、果たしてそれが恋人のような関係だったかと問われれば、両者とも違うと答えるだろう。
なんだかうまく言葉にできないのだ。あのころより少し大人になった今でも、よくわからない。
砂浜の上では波が踊っている、繰り返し、地を飲み干そうとしているようにも見えた。日が沈むまでずっとここにいた、よくもまあ飽きずに。ああでも、あの人は途中から飽きていたなあ、体育座りのまま、寝ていたから。
思い返すように訪れてしまった東京の海は、薄汚れていて、全然きれいじゃない。
どこからすれ違ってしまったのかな、と考えても仕方がないことを考える。押しては返す波みたいに、反芻しているのだ。俺たちの中で何かが変わってしまった、明確に、線引きがなされたのはわかっていた。
手に入らないものに憧れていた。今もどこかで遠く伸びる光にまぶしさを覚える、どうしようもなく、性懲りもなく。
この辺りだったかな、と昔の思い出を重ねながら、その場に腰を下ろした。あのとき彼は眠りこけていて、俺はそっと寄りかかるように身体を預けた。言葉なんていらなかった、左肩から感じる体温のぬるさがあれば、それだけで。
目の前には昔のままの代り映えのない景色が広がっている。鼻歌を歌う彼はもうここにはいない。大きな広い背中に恋焦がれることもない。太陽は水平線の向こうに続く海に飲まれて、音もなく、苦しみも知らないまま消えていくのだ。
差し込む光、小さな胸に強烈なまばゆさを残して、今も彼は笑う。
俺は静かに目を閉じて、ただただ懐かしく、泣くこともできないで、願い、祈り、思い返す、たったそれだけが世界のすべてであった無邪気さを、ついには手に入れることもなかった美しさを。


ブルー・オン・ブルー