梅雨の日のことだった。
目が眩みそうなほど鮮やかな緑に、遠くで赤い花が咲いてる。空を見上げると、灰色と水色とが混じり淀んだ色を轟かせている。湿ったシャツがべっとりと背中にひっつくようで気持ちが悪い。美しい指先を持つ人はいつだって俺の先を歩いてる。ずっとずっと先に、前に、どこよりも遠くに。生温い空気、風を切った。

白いドアを開けて、薄暗い部屋に落ちた闇、ぽつり。
どうしてかここに来ると虚無感を感じてならない。物がきちんと整頓されているせいか、全体的に白さに圧迫されているせいか、無音だというのもその要因のひとつだろう。
上手に笑えもしないのに、無理に言葉を紡ごうとした。全部知られているとわかっても尚、その温かな温度で触れられたら息をすることさえできなくなる。きれいだ、とかすかに呟いたその色を指でなぞり、暗がりのなか、悲しそうに笑う目を見たらわけもわからず泣きそうになって、胸からお腹にかけて何かがすっと落ちて、どろどろに混ざっていく。
うつろに霞んだその存在を、一人で立っていることの意味を、そのしなやかな腕を、揺れる瞳の色を、思う。胸が軋むように痛んだ。クッションの柔らかなベッドに腰を下ろし、そうこうしているうちに俺たちは生まれたままの姿に返る。ああ、なんて醜いのだろう。

「これでも、・・・ねぇ、準サン」
美しくなんか、ない、そうだろう。
りおう、と、息にもならない声、何か吐き出しかけて、またゆっくりと閉ざされる。
一点の染みのないシーツを手の下で軽く握りつぶす。願うように祈る言葉も重ねた皮膚の温かさも、一緒に溶け合うことはできずに、ただ口の端を歪ませて奇麗に笑うだけ。余白を埋めようとしていた、ただそれだけ。
俺は馬鹿だから、準サンの気持ちを汲むことなんてきっとできない。だけど少しだけ、小さな痛みを感じることがあって、それは音もなくじわじわ身体を支配していくような、やわらかな感情と織り交ぜになったそれであったりした。
もう一度、思い出すことができるだろうか、と問う。苦しさに紛れ、忘れてしまった感情、そのホックを外して、そうしたらきっと。

もうすぐむせかえるような夏がやってくる。蝉が鳴いて、空が狭くなる、夕闇の向こうに待つものは。


いつか懐かしいと笑える日なんてこなければいい。
届くはずのない両腕を伸ばしながら、失い色褪せていく色を目に焼き付けた。


シッカロール