「憧れたお前が悪いよ」
電気の点いてない部室の、小さな窓から西日が差し込んで、埃が空中を舞っているのが目視できた。こんな空気を吸ってるのか、と思わず呼吸器官を心配しそうになるけれど、土埃のほうがよっぽど凄まじいのだから気にするに値しないことだった。
彼はベンチにどっしりと腰を据えて座っていた、俺はそれをうつむきがちに眺めて、唇を噛みしめることしかできないでいた。彼の口から発された音は下に向かって逃げる、どこまでも逃げる。
(お前が、お前の気持ちすら、わかってもいないくせに)
どうしたら平然とそんな言葉が言えるのだろう。睨みつけてみたところで何の効果もない。
俺たちの距離は半径一メートル以内、目に見えない糸が絡まって雁字搦めになっている。状況だけわかっても、解決の仕方がわからないんだ。
「なんでそんな顔すんの、」
なんでそんなに一所懸命なの。もはや自暴自棄になった様子で、執拗に責められて何も言い返せない自分に苛立つ、言葉で伝えたところで聞き入れてもらえたことなんて一度もなかったから、余計に。
「……なんで泣くの」
一緒に鉛のように重たく落ちた声、あ、と気づいたころには大粒のそれがコンクリートに小さな染みを作っていた。コップ一杯の中に水を注ぐと溢れていくみたいに、零れ落ちたんだった。
今にも崩れそうな足取りで彼の目の前まで、ひとつ指を折って、ふたつ指を折って、みっつ指折り数えます。立ち尽くし見下ろす俺に見上げる彼の、冷たく燃えるような瞳があまりに美しくて呼吸ができない、胸が苦しい。
ふいに伸ばされる手の、指先が頬を撫でるまでの間、瞬きと瞬きの合間。
(あなたみたいに走れたら、走り切れたら)
理想の自分で在れたのなら、俺はみっともなく泣いたりしないで、せめて笑っていられたんだろうか。考えても仕方のないことを考えても仕方がないね。
持ちうる限りの俺のすべてを以ってしても届かない、触れられないから、手に入らないから、敵わないから。だから憧れるんだ。
「隆也」
その存在が、その言葉さえあれば、生きていける。
懐かしい声が胸に降る、雪のように積もり積もっていつしか溶けて俺は知るのだろうか、その美しい感情の名前を。


あふれそうなプール