夏への追憶

使い古した鞄を床に置いて、ベッドにふたり並んで座る。意識なんてしていないうちに手と手が触れ合うくらい近くにあって、少し緊張しながらシーツの皺をなんとなく伸ばした。
つい最近まで鳴いていたはずの蝉も枯葉が舞うころにはすっかりいなくなってしまった。秋の色に染まる木々、空の夕暮れ、この家から続く住宅街を抜けるといつかキャッチボールをしたあの公園がある。窓の先を見据えて、それから視線を漂わせるのは、本当は見つめたいものがすぐそばにあるからだ。きゅうと人差し指から握り締めて、ゆっくりと、顔を左に向ける。元希さんが瞬きをして、その見開かれる瞬間のつるりとしたその黒目を、本当は自分に向けてほしいのだ。
ふっと用事を思い出したみたいに、元希さんはあっさり振り向いて、なんか飲むか、と聞いた。声がいくらか優しげだったので、機嫌は悪くなさそうだった。大丈夫ですと、首を振らずに答える癖はいつからついたんだろう。電気のついていないこの部屋は薄暗く、徐々に橙色の光が差し始めた。時間が経つのは予想以上に早く、なのに今この空間は時間が止まってるみたいで俺は少しだけ不安になる。せめて手を重ねようとしたけれどそれも叶わない。だからただ俺はミットを構えて射るようなその目を向けられるのを待つ、瞼を閉じて想像をする。そのうちに太陽が見えなくなって夜がきてそうこうしている間に枯葉が落ちて雪が降って今にも桜が咲いてそうしたら俺たちは笑ってさよならできるんだろうか。
想像をした。