触れた瞬間、花が咲き乱れたようだった。いや、雷のような衝撃が体中に走ったという言い方のほうが正しいのかもしれない。だから俺はあのときのミットをいつまでも捨てられないでいる。
記憶が完全なものであったらいい。不完全で、俺たちは未完成だったからこそ、何か通じるものがあったのかとも思う。もしくはひとつだってなかったかもしれない。与えられたものはその一球と、少しの言葉と(はじめて褒められたときのそれを俺はいつまで大事にし続けて)、先輩と笑うあの人の姿だけだったから。

好きならすべてを与えられると思った。俺はいつものように痣だらけの身体を冷たい床に這い蹲らせている。吐き出す声は弱い弱いものでしかない。
「どうでもいいなら早く捨てろよ」
そんなもん、と無様な姿を晒している俺を見てあいつは言った。
(お前の愛した腕には歯形がひとつ、ふたつ、みっつ。)
残酷な童話を思い出しながら、痣の数を数える、どうやって笑おうか考える。
さみしいから埋める、さみしいから吐き出す、泣きながら愛す。あんたの前じゃ息をするのも億劫なんだ。


無知なままでよかった。滲む声のやわらかさも嘘みたいな指先も凍てつくような鋭い目も。
「・・・なにも、」

(なにもしらないままあんたを愛せたならそれでよかった)

手が降り止めば、もうすぐ別れの春が来る。
さようならさようなら俺の愛した


(さよなら僕の愛した   )