このごろ総士はきれいになった、と思う。子供のころショートカットだった亜麻色の髪は願掛けのように伸び、ややゆとりを持って結われている。髪を伸ばす理由については知らない、というかあの日以来ろくに目を合わせたこともない。一騎にできることは、総士に気づかれないように遠くから盗み見ることだけだった。しかしながらそれをするたびに、気づかれている、ということもどこかで理解していた。
……彼の、美しい笑みを見たことがある。彼の父である皆城公蔵と話しているときだ。自分の親に向かってあれほど屈託のない笑顔を向けるというのは、よほど尊敬しているか、あるいはもっと褒められたいという欲から来るものかもしれなかった。愛に飢えていたのだということは、そのときの一騎にはわからないことだった。
……逆に、彼の恐ろしいほど冷たい笑みを見たことがある。教員である狩谷由紀恵と、話しているときだ。氷みたいに冷たい目。他の人は気づかないかもしれないが、あれは人を蔑んでいる顔をしていた。何があったのかは知らないが、どちらにしてももう何年もそんな感情を向けられたことがない一騎は、少しだけ二人を羨ましく思った。

放課後、一騎は夕日の差す教室にいた。総士の机の前で、何をするでもなく佇んでいる。使い古された机の上には、彼にしては珍しく筆箱とノートが無造作に置かれていた。急な呼び出しがかかり、そのままになっているのだろう。総士は一定の期間、こんなふうに席を外すことが多かった。生徒会だとか学年を代表して東京に見学に行くだとか、なにかと理由をつけて教室を、島を出て行く。今ではクラスメイトから理由を問い質されることもなくなり、すっかり日常茶飯事になっている。
一騎はノートを開き、総士の少し不器用な文字を指でなぞる。何が書かれているかなんて関係ない、このノートに総士がペンを走らせた事実が重要だった。そうしてなんとなしに筆箱からシャープペンシルを取り出し、少し躊躇したあと自分の鞄にそれを仕舞った。ちょっとした出来心だった。
その日以来、一騎は総士のいないところで彼の触れるものに触れ、時折それらを持ち帰った。罪悪感で胸が苦しくなりながら、同時に暗い悦びを感じるのを止められないでいた。日に日にその行為はエスカレートしていき、ついに一騎は体育の授業のあった日の夜、総士の体操着を自室の布団の上で抱き、昂ぶる熱を抑えきれずマスターベーションをした。
何をしているんだと頭の中で警報がずっと鳴っていたけれど、清潔な洗濯物のやわらかな匂いの中に、総士の汗の匂いを感じ取ってしまったらなにもかもがどうでもよくなった。総士の服。総士の素肌に触れたもの。総士、総士、総士、総士、総士。
大きな波が通り過ぎ、恍惚の残る余韻の中で一騎は眠りについた。本当の幸福が何かも知らずに、それを幸せだと、過ちを犯しながら一騎は思うのだった。

次の月曜日、体操着を忘れてしまいましたと珍しく校庭の隅で休んでいる総士を見ながら、押入れに隠したきりのそれを言い出すこともできずに、一騎は薄暗さの取れないしけた顔で授業をやり過ごしていた。

暫くしてアルヴィスの施設にも慣れ始めたころ、一騎は更衣室に足を運んでいた。誰も来ない時間帯を狙ってのことだった。ずらりと並ぶロッカーの中から目的のネームプレートを探し出す。扉を開くと、ロッカーには制服が掛けられている。白と青を基調とした、着る人を選ぶ服だった。清廉とした印象のそれは総士にとてもよく似合っていた。
総士を包んでいるもの、総士を総士とさせるもの、総士を守るもの。おそるおそる手を伸ばし、ハンガーからそれを滑らせ、ぎゅうと胸に抱く。総士が今まで自分に黙っていたこと、誰にも言えなかったであろうこと。この服を着て、大人にならなければならなかったこと。一体どんな思いでいたんだろう、なんて物思いにふけっていたら、そのとき突然物音がして、驚いて振り返ればそこには本物の総士が無表情のまま立っていた。
総士の爪先がこちらに向かい、コツン、コツンと乾いた足音を立てる。審判が下されるときがやって来たのだ。総士は開かれたロッカーのネームプレートを見て、ふっと息を吐いた。
「一騎」
汚れを知らない声が、俺の名前を呼ぶ。透明な、研ぎ澄まされた瞳で俺を見る。
君みたいにきれいな男の子。その眼差しを自分だけに向けられることを、ずっと待っていた。

君みたいにきれいな男の子