モジは目の縁をそっと緩ませて、あたたかさを思うような声色で、言ったのだ。

夢見る23


目が合った瞬間から、どこか突き放されているような、とても不思議な感覚が浮遊していた。
「ねえ僕はどこで道を間違えた?」
知るかよ、と目線を落としてぼそっと呟いただけのウシロの腕はいとも簡単にモジによって踏みにじられている。見下げているその顔がバケモノのようで、それでもモジが恐ろしいと感じることのできないウシロはうっすらと染みのできた白い天井を見上げてしまう。
どこまでも遠い空、どこまでも続く天辺の終わり、そこにモジは立っている。裸足のまま、感情をうまく映せない顔をして。
ウシロの前で、モジは笑わない。だってウシロを映している綺麗な瞳がそれを示していない。
頭の奥がちりちりと痛むのを鬱陶しく思いながら、ウシロは眼鏡越しにモジの嘘を見抜く。そうして何も知らなかったことにする。

右腕を足で痛めつけられて、ウシロはほんの少しだけ顔を歪めた。自分を見るために自分を見ているのだとウシロは直感で理解する。無表情の仮面をつけていられたら少しは楽だっただろうかとウシロは考えたが、結局何をしたところで今のモジの頭はイカれてしまっているので然して変わりないと思われた。

だれのこえがたりない?、ぼくにはなにがたりなかった?、かみさまはいったいどこへいった?、ねえこたえて?。
わけのわからないことを時折口ずさむ、たぶん23回目。ウシロは自分を見る妹の目になった。可哀想だなと哀れむような表情に見えたのだろう、華奢な腕が伸びて、ウシロの胸倉を鷲掴みにする。顔が近く、整ったモジの顔がこんなときにでも美しいだなんてきっと誰も信じない。肺やら胸やらが苦しくなっていく。
「僕の足の先でも舐めたら気持ちよくなるかもよ?」
あはははは、とモジは蟻を踏み潰した子供のように笑う。
「違うか、ウシロは痛いのが好きなんだっけ」
それはお前のことだろう、ウシロは今度こそ唇を動かさなかった。それでもそんなことばかり伝わってしまうのだからおかしな構造だ。殴ると自分の手まで痛いから、とモジはとうとうウシロの首筋に噛み付いた。


(僕がお前になにをしてお前が僕にそれをして、それのなにがいけなかった?)
モジがぼそりと胸に落とす。ざっくりと裂けたそれに、尖ったナイフを思い切り突き刺す、想像という虚像。

「世界なんか終わってしまえばいい、」
きっと最初からぜんぶ。みんな、みんな、地の果てでは誰も彼もがその終焉を迎え入れるのだろう。
(お前だってそう、思ってるだろ?)


残された時間はあと僅か。
「僕がお前を愛していられるのも、残り少ないね」

そうして、ゆれる景色をたしかに、見た。