整った顔立ちの、その綺麗な表情を一度も崩すことなく暗がりの中でモジは笑う。
「僕の命令、最後のお願い。聞いてくれるかな」
ぞっとするほど透き通った声が鼓膜を撫でてくる。その言葉を俺はひとつも信じない。残酷な目をして、口先だけで支配しようとする、そういう奴なのだと直感が言っている。何をすれば早く帰れるのかと問えば、それは大層嬉しそうな顔でモジは笑った。
「なんでもいいよ、縛りつけて欲しいんだ」
殴ってもいいし、蹴ってもいい。めちゃくちゃなことを言われて、その通りにやれるほど俺はまだ狂っちゃいない。少なくともこいつよりは。
「なんでんなことしなきゃならねえんだよ、」
床に落ちている、少し太めの赤い紐を見据えながら俺は胃のほうから何かがこみ上げてくるのを感じた。
「できないの?」
皮肉ぶるように言われてかっとなって手を出せば、そうそうその意気、だなんて。
「一回死んで来い」
笑えない冗談を口にして俺はほんの少しの罪悪感に苛まれる。だけれどこんな奴に対して同情をする気はさらさらないので、俺はそいつの喜ぶようなことばかりしてしまったのだろう。挑発ばかりしてくるそいつの笑顔を見て途中で吐き気を催しながら、とうとうその赤に手を伸ばす。


「なんで、こんなこと、させんだ」
首に巻きつけて絞めてしまえば俺もお前も楽になれるのか。
「一度だけ、カナちゃんになってみたかった、なんて言ったら笑ってくれる?」
優しそうな顔つきで目だけは笑っていないだなんて。
「ぜんぜん、笑えねえ」
冷たい空気が咽元を潰す。俺に呼吸するなって言うのか。

「ねえ、キスしてよ」
きっと明日にでもジアースに乗って死んでみせるからさ。
そう言って本当に消えていったあいつの顔が忘れられないのは、なんでだ?


凍りついた声で僕に話しかけるな