ある空間の中にいた。それは父の書斎だったかもしれないし、朝を待つ母の寝室だったかもしれなかった。だらんと力の抜けた新一の身体がそこにあって、もしかしたら夢を見ているに違いないなと間違った解釈をした。 ワイシャツがうっすらと透けていて、夏の匂いが襟元から溶けてくみたい。 (その清潔な白を、汚したい) 欲望の指先は震えて、そろりと鎖骨に触れた。冷たくて、無防備な喉元だった。 目覚めては春の息吹、死なない妖精はゆっくりと瞬きをする。 「黒羽、」 名前を呼ばれて息を呑む、頭の奥でじりじりと蝉が鳴いているようだ。その透明な声がいつまでも俺を縛り付ける、まるで呪いかなにかのように。 持ち上げた手の甲にキスすると、頬を撫でられて手のひらに、太陽。熱を持ち始めた体温と、鳴り止まない心臓のオーケストラが鼓動を奏でて、本当は呼吸をするのも億劫なんだ。 「お前は俺を、許すのか、」 俺はお前に否定されたかった。存在そのものを、批難を浴びたかったのだ。だって自分の本当の姿は自分自身にすら見えていないというのに。一種の側面でしかない、俺はその集合体だ。 胸を痛めつければ痛めつけるほど遠ざかる景色。腕の中にいる鳥は、いつ羽ばたいてしまう? そのうちにやわらかく笑って、それは彼は彼である理由そのものの象徴だった。 見つめ合えば、目がきれいだ、と彼は言った。無邪気なそれが印象的だったのに、今はなんだか儚い色をしてる、と。 私は私を疑っている。真っ白な世界の中で、それでもまだ、心を奪われている。今は届かない青空。 憧れる情景、覗き込んだ水面に映るその姿は。真実に触れたいと思った。両腕を広げても広げても足りないんだ。 新一は子供をあやすように髪を撫でて、その背中に手を回す。 目覚めればすっかり小さな身体の彼の、子供のふっくらとした指先が唇に、触れた。 あたたかな熱源の塊は、それでも。抱き合うだけでこんなにも。 俺たちには、とても。 |