抱き込むようにその視界を白で遮ってしまうと、少年は特に抵抗する様子もなく、手紙を寄こしたのはてめーかと生意気な口を利いた。
マントに包まれて、小さな体はすっぽりと収まってしまう。そっと腕に抱きかかえるとつむじから、太陽の匂いがした。
「どこに行きたい?」
夜の風にさらわれながら、ぽつりぽつりと言葉は落ちる。
「家でいいよ」
もうここから見えるだろうと子供は言った。きっともうずいぶん前から、思惑は見透かされている。
「君の住む街の話をしよう」
静かに青く燃えている、あの街。空から見下ろすだけの、この街。

何度か不法侵入をしたことのあるこの家に、正面玄関から出迎えられるのは初めてのことだった。
この家の主は歩く王様なので、上着を脱ぎ捨て蝶ネクタイを放り投げた。机の上にある手紙をびりびりと引き裂いて、見せ付けるかのように屑篭に捨てている。
「脱がないの?」
至って普通の声色のまま、少年の疑問はそのまま自身の疑問になっていく。いつまでも突っ立っていたら、大人は子供で子供は大人のようだった。
かがんでよと彼が言うので素直に従うと、シルクハット、モノクル、ネクタイの順で素顔が露になっていく。
暴かれていく、彼の手が確かに、この胸の内をひらいて。
(私が私という個であるとき、私は私という個を捨てる)
絨毯に白が散らばっていくのを見届けていると、首筋に鼻先が当たった。すん、と音が鳴る。
「夜の匂いがするね」
耳に息を軽く吹きかけられて、どこまで狙ってやっているのか気が知れなかった。
ソファーに腰掛けると、子供もまた乗り上げた。おかしいということは頭のどこかで理解していた。彼が正しいのなら、自分も正しいのだと漠然と思っていた。手首を掴まれて、そんなはずがないとわかっていながら、それを止めることができなかった。やわらかな手。みずみずしくって甘い子供の唇が、指に触れて、濡れる。割れ目をなぞってそのまま捻じ込むと、歯で噛み切られる想像をした。あたたかい。
俺は今、お前を犯してる。小さな子供にこんなことさせて。
「犯罪者みてえ」
困ったように唇の端を吊り上げると、なんだか自嘲しているみたいだ。
べたつく指先も、滲む汗も涙もそのままに、俺は青い空が恋しかった。こうして『私』は二度死んだ。
「違いない」
子供もまた、彼の面影を残して小さく笑った。

あなたの残像、私の虚像