「きれいな顔してるね」
ぺたぺた、とまだ子供のようなふっくらとした指の腹が頬を撫でたり抓ったり。自宅に勝手に上がり込んで何をするかと思えばいきなりこれだ。好きにさせておけばそのうち厭きるだろうからとそのままにしておく俺はただ瞬きを繰り返す。ソファーで寛いでいたところを馬乗りにされてしまったので腕くらいしか伸ばしようがない。
ささづかさんはさ、と子供のアルトの声が鼓膜をやんわりと塞いでしまう。何を言おうとしたのか、言葉の続きは俺と匪口の間にある透明の中で沈黙となって消えた。
遠くに見据えたカーテンはほとんど開けないので晴れているのか鳥が鳴いているのかはたまた雨が降っているかもわからない。ついでに言えば今が夜なのか朝なのかもよくわかっていない。おそらくその中間なのだろう。
匪口の指先が唇をなぞり、暗い色を映した目が俺を犯していく。額に唇が触れたところで俺の反応はなんら変わりない。思惑通り、顔への関心は逃れた俺だが、取られた右手は匪口の次の標的だった。
おとうさんゆび、おかあさんゆび、おにいさんゆび、おねえさんゆび。うっすらと笑いながら童謡を読み上げるかのように匪口は謡う。小指を口に持っていかれても俺は顔色すら変えない。赤い舌と白い歯に、それから生温さ。衣服を脱がされても、俺は「何」すら感じない。

「にごってる」
目、と指摘されて主語をようやく理解する。
インターホンのベルが何度も何度も鳴っている。「誰」でもない誰かを思い描く。

「ねえ、俺に小指ちょうだい」
キスしてあげるからさ。

耳にそっと指を添えて、静かに口付けられると少しだけ胸が痛んだ。