抱かれてあげたらどうかね、と雷の鳴る部屋であの人が言った。俺は突然降り出した雨になす術もなく、髪から雫が滴り落ちる感触に眉をひそめていたところに、だ。外でフラッシュが焚かれ、ずれた拍子で雷鳴が轟いた。
「な、んのこと、ですか」
背中から凍りつきそうな温度が伝わってくる。冷や汗をかいていた。
「吾代くん、だったかな。君のこと好きそうじゃないか」
水を含み重たそうな顔をした上着は赤いカーペットの上で泥のように横たわっている。それをまるで俺を見るような目つきで眺めながら、あの人はいつものように笑った。どうしてそんなことを言うのだろうと理解が及ばないのだけれど、あの人の言うことだから何か意図があるのだろう。
あれこれと考えを巡らせていればそこは家のソファーの上で、気がつけばテレビを見ながら薄ら笑いを浮かべるあいつがいて、ああそうしたら俺はまたあの人の言いなりになるしかないのだと悟ったのだった。犯してくれと言えば優しいあいつは俺を抱くだろう。なんて愚かな花。




「抱かれてきたのかい?」
愛を目に滲ませながらあの人は俺の頭を撫でた。丁寧に丁寧に触れるものだから今にも心の軋むような音が聞こえてきそうで、肺に溜めた息を少しずつ吐いた。
「は、い」
返事をすれば、いい子だ、と低く呟く声、口の端だけを吊り上げて、まるでこの世の果てを見たような、足が竦んでしまいそうなほど黒ずんだ目と目が合う。
次の瞬間、頬に衝撃が走った。一寸先は闇の中。
ああ、この人は今、嗤っている。


「駄目じゃないか 君は私のものなのに」



フェティッシュ