ネクタイにYシャツを恥ずかしがる様子もなくを脱ぎ終えた身体にはいつも無数の傷跡があった。
「なあ、これどした」
中でも紫の濃い色の目立つ腕を見据えて問えば、あのひとがくれたものだとゆるく笑むような表情がその痣に触れる。俺はこいつにこんな顔をさせる奴を心から憎み、そしてまた感謝していた。この口からあのひとという言葉を耳にするたびに胸の内側がぐらぐら煮えるような気持ちがして、愛しそうに撫でるその手を乱暴に引き剥がして、ソファの背凭れに押し付ける。掴んだ手首から手の平を抜けて指と指を絡ませるとやんわりと握り返されて、なんとなくその感触が嬉しくて、この手を離すのは俺じゃなくてお前であればいいと願った。もう片方の手で耳やら頬を触ると、笹塚はゆるく目を閉じたり開いたりを繰り返し、何か考え事をしているような、または何も考えていないかのような顔で俺を見た。目線は合っているはずなのにこのうつろな目は俺なんか映してなくて、いつか光の差すことを待ちわびているように思えた。
「ちゃんと見ろよ」
吾代はちいさく呟いた。喉の調子が悪く、ひどく掠れた声で、悲しそうな顔をしてそう言った。笹塚は汲み取ることの出来なかったその言葉の意味を心の中で反芻し、見てるよ、と返事をした。違う、そうじゃない、開きかけた口を閉じて、またくしゃりと歪ませたような顔で、笑う。
この淀んだ瞳の色はいつかまっさらなものへと変わるだろうか。
そうしたらきっと、あのひとの前でしか見せない笑顔を、俺にも見せてくれるだろうか。
「はは、」
笑っていたつもりが泣いていて、はらりはらりと落ちる涙はそれを拭おうとした笹塚の爪の先を濡らした。ぎしりと唸るソファの上に乗り上げて、だらりと垂れた左手でその身体を抱き寄せる。
離すまいとしていた右手はいつのまにか指の間をすり抜けて、今も届くことのない笹塚の一番あたたかくてやわらかい場所を彷徨い求めていた。


こころ