清潔に保たれた真白いシーツの海で俺は溺れていた。
ベッドのスプリングがぎしぎしと軋む、誰かの心の叫びみたいに乱暴に動けば動くほどそれは呻った。どうやって誘ったのか、酒のせいで記憶がおぼろげでよく覚えていないし、どうして彼が誘いに乗ったのかその真意は定かでない。
同情かなあ、と俺は頭の隅で考える。余裕なんてないのにそれでも考えずにはいられない。間髪容れずに、考え事か、と俺を見透かして笑うので、敵わないなあと俺は口元をいびつに歪めた。呼吸を乱しながらこんなに生きてるって実感できて、虚しい行為もないだろう。俺が女だったら、少しは違ったかな。
「こうやって、ギノさんが生まれたんだね」
とっつぁんの愛した女ってどんな人?いい女だったのかなあ。絶世の美女、とまではいかないだろうけど。
「俺、征陸さんの奥さんになりたい」
ふふ、と俺は笑いながら自身の内側に潜む、熟れてどろどろになった感情が底から這い上がってくるのを感じていた。動きは止まる、静寂、沈黙、俺の世界のすべてについて。
「恋人になりたい」
とうとう涙がぼろっと零れていくのがわかって、ああ、これが俺の本音だったのかな、なんて思ったりするんだ。
「息子になりたい」
おれ、それのどれでもないや。
人は必ずしもなりたいものになれるわけじゃない。運命は前もって決まっているから、俺は俺を覆せない。誰かになりたいだなんてあまりに滑稽な話だ。ましてや憧れなど、俺はどれだけ手いっぱい抱えて生きてきたかわからない、そうしてそれを全て捨ててここまできた。とっつぁんは、なりたいものになれたのかな。
ごし、と腕で涙を拭ってしまうと、彼は目を細めてよりいっそう皺を濃くした。そうして物憂げに揺れる瞳を、見た。どうしてそんな顔をするの?と純粋に疑問に思ってしまう、俺はとっつぁんを悲しませたいわけじゃないのに。
「そうじゃない、縢、俺にとって、お前さんは……」
彼は何かを伝えようとしてる、けれど、俺はそれを理解することはできないのだろう。こういう直感は大体当たる。
「駄目だな、何を言っても老いぼれの戯言でしかないよ」
彼は義手の左手で前髪をかき上げて、緩やかに苦そうに、笑う。
それから向き合って、かがり、と名前を呼ばれた。芯の通った強い声で、まっすぐに心を撃つように、見つめ合って、ここにいる。
「誰でもなくお前のことだ」
頭をぐしゃぐしゃに撫でられて、くすぐったい。ぶっきらぼうで太陽のようにあたたかな手のひらだった。
「秀星」
きれいな響きだった、今までで呼ばれた誰よりも、ずっと。その言葉が、存在の肯定の意味が胸に染みて思わず奥歯を噛み締める。左腕を失って、それでもこの人は俺の目の前にいて、どうしてこんなにも儚げに微笑んでいるのだろう。
とっつぁん、と俺は泣きそうになりながら名前を呼び返す。繰り返す、リフレインする、世界は巡り巡って悲しみの底に落ちていくのだ。
「痛み分け、しよう」
俺たちはきっともうどこへもゆけない。


人生の半分はブルー