雨に打たれていた。凌ぐものなんて持ち合わせていなかったから、私はただその雨粒を全身で感じていた。幼い子供のように声を上げて泣いてしまえたら、こんな気持ちにならずに済んだのかもしれない。父親が死んだという事実は変わることなく、思い返すたびにあの日の自分が遠くなる。 (祈りをこの手に) はじめは幻かと思った。カラスのように黒い傘が、立ち止まり私を見ている。じきに稲光を連れて、それはやってくる。規則正しい雨音を狂わす足音と、小さな水溜りに映った私がいびつに歪む。 「何、やってんだよ」 ずぶ濡れの私を見て、燃えるような、冷たい目をしているタカの唇は青ざめている。 「明日が何の日かわかってんのか」 握りしめた拳で何が変えられるというのだろう。声から怒りを感じる、その理由を私は知らない。 迎え撃つは嵐。今すぐに傘なんて吹き飛んでしまえばいいのに。真上に差されたそれを見上げて、私は思う。 「着替えろよ」 バスタオルを投げつけられて、私はというと眉ひとつ動かさなかった。だってこれは優しさだから。 フローリングの床にはぼたぼたと水滴がいくつも集まって、悲しみの湖に成り果てるところだ。 タカのワイシャツが透けて、顔の輪郭を流れるひとしずくがなんだか色っぽい。動くことのない身体、空間を支配する無音と濡れそぼった髪と。苛立ちを越えて、痺れを切らしたようにそれは近づいてくる。猛獣の目に映る私が、私でないみたい。 奥歯を噛み締めて、冷えた指先で、震えるようにそれは私の胸元へ届くのだ。服に手が掛かって、それからボタンをひとつふたつ、外したところで右の人差し指は動きを止める。 「意気地なし」 色彩でいうと鮮やかな赤の火花が散ったようだった。 押さえ込まれて互いに崩れていく、足場は砂の山だ。水をやれども地は固まらず。泥沼で私は小さく喘ぐ。それは一瞬の出来事で、なのにタカは私を庇おうとして背中に腕が回る。 暴力を振るわれることを期待していた私は勢いよく壁に叩きつけられたけれど、痛かったのは彼の右腕だ。抱きしめられている、私たちはきっと、二人でひとつだった。 「いい加減にしろ」 どうしてタカが泣きそうなの。じっと見つめていれば、そうして目と目で見つめ合えば、全部伝わると思ってた。 「自分の代わりなんていると思うな」 気管がうまく機能してない、呼吸をするたび削られていく、ノイズが邪魔をする。 「俺にとって、お前は」 急に咳き込んだタカの背中を私は擦った。できるだけ優しく、タカが私を思う気持ちと同じくらい、それ以上伝わればいい。 (さわるな、さわらないで、さわって、それからちゃんと確かめて) 両腕は振り払われることなく、大人になりかけた背に触れる。美しい獣。そうして私は激しく散っていく彼の赤を手に入れる。 |