喉が渇いて目が覚めた。
夜中に起きることなんて滅多にないのだけれど、柄にもなく緊張しているのかもしれない。空調の効かない部屋のせいでじんわりと背中に汗をかいている。隣には寝息がみっつ、静かに横たわっている。あと数時間もすれば朝になる。窓から差し込む僅かな光で、隣には今泉がいるのがわかった。
鳴子はそれをじいと見つめた。普段から一方的に見ているのは鳴子のほうだったのだけれど、きっと本人はそれを知らずに、改めてその顔の造形を知る。
(なんや肌の白い坊ちゃんみたいやで)
きめ細やかな肌だとか薄い唇だとか、言葉にするよりずっと早く、気がついたら手が伸びていた。
自分がどうしたいのか、鳴子にはわからなかった。
ただ大嫌いな奴の寝顔がとてもきれいで、さわりたくなって、特に意味なんて何もなかった。
頬に指先が触れかけたとき、今泉の睫が震えた。
「なに、」
急に手首を掴まれて、鳴子は動揺した。反射神経が追いつかなかった。胸がどくんどくん言ってる、顔が赤くなっていくのがわかる、恥ずかしい、掴まれた手首が、熱い。
「んでもないわボケ」
怒鳴ったつもりが妙に弱弱しい声で、今泉はその手を緩めた。その隙に逃れて、部屋を出る。
ドアに凭れ掛かって息を整える、それから鳴子は自分の右手首に触れた。自分よりも体温の低いそれだったなあと思い返しては、あかん、と何度も打ち消した。意識の仕方を知らない、それを恋と呼ぶには彼はずっと子供のままだった。
まとまらない思考を放り投げて、自販機で買った飲料水を飲み終える頃にはけろっと忘れて部屋に戻っていることだろう。あまりに単純で明快だ。

取り残された今泉は寝転がりながら、指先をまっすぐに伸ばして、何かを掴む仕草をした。
(俺のことしか見ないのな)
ずっと前から知っていた。もう少しで何かが変わりそうな気がした。
夜明けはすぐそこだ。

# 「 予 感 」  ...20090729