靴下なんて、はじめから履いていないような子供だった。
冬を通り越せないままやってきた春先、もう長らく誰も住んでいない祖父の家に、御堂筋を呼んだ。
一人で住むには立派すぎる家で、祖母が他界してからもいつ誰が来てもいいように完備されていた。住宅地のはずれ、自然を身近に感じたいという要望から建てられたこの家はさながら別荘と等しい条件下にあった。お金に不自由なく暮らしていたような人たちだったから(自分もそこに含まれるとは、今泉は思っていなかった。なぜなら祖父や祖母からは、お金持ちという汚らしいイメージではなく、金銭に関してはむしろ保守的で、この家を見る限り贅沢には贅沢だったが、何より穏やかで気品が漂っており、自分とは人種が違うのだと会うたびに思っていたからだ。)、木造の吹き抜けのリビングには鹿の頭部の剥製や、友人から贈られたオブジェ、それから俺のトロフィーが飾られていたりした。
昔のことなんかにもう興味はなくて、今目の前に御堂筋がいることのほうがずっと大事でずっと重要なことだった。
用意してあったスリッパには目も触れず、御堂筋はふらふらと家の中を彷徨っている。俺は俺で、泊まれるだけの荷物や材料を確認し、レンガ造りの暖炉に火をくべたりしていた。パチン、と木の弾ける音がする。
赤く燃えるそれに吸い寄せられたのか、模様の描かれた上品な絨毯に、骨の形成から曲がっている、肉付きの薄い貧相な足が見えた。そのアンバランスさがかえって御堂筋を引き立たせていて、この世界に生きづらそうな彼の踏みしめるものは何か、考えていた。
「足、あげて」
いきなりの注文に対して首を傾けながら、御堂筋は、つま先をきれいに離した。骨董品みたいだ、と、踝に触れるまでは、思っていた。撫でるように優しく指の腹を沿わせると、微弱だが反応があった。下から見上げると、何でもないような振りをして、顔が強張っているのがわかる。骨の形がくっきりと映し出されている、それに舌を這わせると流石に御堂筋は壁に手を付いて、僅かに呼吸を乱した。
「変態やったん、きみ」
見上げながら笑ってみせると、御堂筋は眉を顰めて心底嫌そうな顔をしてる。俺はますます面白い。
「もっと言ってよ」
指と指の間、爪のガタガタした感じ、ひんやりと冷たい温度。先ほど脳裏に焼き付けた御堂筋の表情が、何度かフラッシュバックする。
(そういう顔、もっとすればいいのに、そしたら誰もお前を怖がったりしないのに)
でも、御堂筋が俺だけに何かを許すような顔をしたなら。それは。
「もう、ええ?」
吐かれていく桃色の吐息、幾分か余裕のない声色と混じって、どこに消えてしまうの。
「いやだ」
だってこれは俺の、俺だけの。やわらかく微笑を返して、あと少しだけと口先だけで囁いてみるけれど。
(お前のこと、全部わかろうだなんて、思っちゃいないんだ)

首元に生えた襟足が、揺れてる。
狐のように細められた目の、その先に見えているものを俺はまだ知らない。

# ソ ラ リ ゼ ー シ ョ ン  ...20120403