懐かしい匂いが辺りを立ち込めている。
雨上がりの湿気も混じって、指先から離れていく煙は透明のヴェールとなって周囲をやわらかく包み始めていた。マッチの擦れた残骸が仏壇の隅に取り残されている。
おばあちゃんちの匂いがする、と一は今よりずっと子供の頃を思い出して、寝そべったまま畳に頬を寄せた。線香に火を灯した純は座禅を組んで、不思議な手の組み方をしてじっと待っている。それは誰を何をでもなく、息を荒げることなく、無になるのを待っている、と昔純は教えてくれた。結局のところ人を救うのは宗教だろうか。いつだって純の姿勢はきれいなままなのに。
ゆったりと上下している胸と、流れを読むことをしない眼球は今は仕舞われている。この空間を満たしているのは日の暮れかけて差し込む僅かな光と清らかな風、鳥のさえずりだけだった。
肩の力を抜いて、一は何も祈れない、意識を飛ばして精神を集中することなんてしない。この空気を吸って吐く、橙色の残像がちらちら掠めていくけれど、ただそれを見ているだけだった。
「誰の心も、神を持っている」
この胸の中にある確かな鼓動の奥に、ただひとつ輝きを増すものについて、だ。
「俺はそう思うんだけど、お前はどう?」
重たい瞼を開くと、ああほとんどが薄暗闇の中。
(祈りの呪文はいつ放たれた?)
とおか、と小さな唇が言葉をなぞっていく。今にも消え入りそうな、透明な声で。純の右目が乱反射して、光っている。金色の瞳。いつかその稲光のような激しい光に触れてみたい。
(信仰なんてどこにもなかった、だけどすべてを与えてくれた人がいる)
「ボクにとっての神様は、透華」
純はやっぱり笑って、一の頬に手を伸ばそうとする。
(わかりきっていた答えに、君は何を期待していたの?)
「これ以上はもうないよ」
だからもうなにもあげられないよ。一はその言葉を、うまく伝えられないでいた。わかられているとわかっているから、言うことができなかった。
そうか、といっそ冷たさを覚えるような声色が、その返事が、胸に支えて飲み込めないんだ。
照明をつけないともはや何も見えない薄暗い部屋の中で、純の手は頬へ、首へと回って、ボクたちは誰にも内緒で小さなキスをした。
魂の告白