懐かしさで滲むような、淡い色のカーテンの隙間から、風が吹き込んでいた。あたたかな春の、到来だった。頬杖をついて窓の外を眺める彼は笑いもせず、桜の花びらを撒き散らす新入生なんかをなんだか感慨深そうに見ている。
いつも元気な奴が珍しい、とからかわないでもなかったのだが、きれいな目をして静かに息をしている彼に話しかける理由なんてなかった。始めから終わりまで、彼はあまりに純粋だった。いつだってまっすぐで、曇りのない笑顔で、俺を見る。
「今日で、最後だな」
何が、とは言わない、聞いてしまったら本当に終わってしまう気がした。青い空に向かって喋り続けるのは独り言だからなのだろうか。ぼんやりと瞬きなんてしていたら急に振り向いたので、少し動揺した。
「あのさ、頼みたいことっつうかさ、あんだけど」
やたら真面目な顔つきで、なのにほんの僅かに寂しさを混ぜたような笑顔で、いいか、なんて、言わないでほしい。
「俺、俺さあ、一度でいいから、」
唇が、喉が、震えていた。緊張と不安で胸が圧迫されて、息ができない。言葉の続きを、俺はずっと見ないふりをしていた。聞かなくてもいいと言い聞かせて、ずいぶん逃げ続けてきた。これはきっと、罪なのだ。
「お前の声が聞きたい」
切なさが、じわり、じわりと胸を締め付けた。面と向かって、そんな真剣な表情で言われたら、逆らえるはずがない。俺は死んでしまいそうになりながら、ありったけの感情を振り絞って、声にする。自信がない、怖い、きっと声になんてならない。それでも、信じてきたのは、これたのは、彼が、ボッスンが、いたからだ。



言えたじゃん、声がして、きゅっと瞑っていた目を開けて、見えたのは満開の笑顔だった。嬉しかった。もう俺がいなくたって大丈夫だ、と小さく聞こえて、泣きそうになった。

とうとうさよならは言わなかった。
またなあ、っていつものように三人で笑って、桜が散って、最後に曲がり角で手を振った。


#こんにちはありがとうさよならまた逢いましょう