手とは不思議なものだ。何をするのにも必ず手が動く。腕の先から5本に分かれていく様もよく考えたらちょっと不気味だ。
そんな指が、今俺の髪を撫でて、耳の後ろから首筋へと移行する。すべてを何食わぬ顔で手に入れてきた、罪悪に気付きもしない、そんな男の手だ。
「やめろ」
張り詰めた空気の、静寂を切り裂くくらいの声で言えたらよかった。僅かに震えただけの俺の声に、安形はただ笑う。
俺に見せるこの顔が嘘か本当かも定かではないのに、この表面だけの面を剥ぎ取ったら一体どんなものが浮かび上がるのだろう。想像を巡らせながら、ひたすらに耐える。体温の高いそれがじっとりとまとわりついて離れない。
指先は丁寧に俺を裸にしていく。まるで心の奥底まで。
「抵抗しないのか」
しないんじゃない、できないんだ。
それすら見抜かれていることを知りながらどうして俺はこいつを憎めない。
「お前なんか、だいきらいだ」
呟きも感情も、うつむいた目線の先に落ちて行く。
わかられている、だけど何一つ伝わってはいないのだ。

こうしてあいつの手の平の上、だけど俺が少しでも可哀想なんて気持ちでお前に抱かれてるなんて、口が裂けても言えないのだった。


#てのひらに静寂