あのこの小さな靴が脱げた。
ほとばしる目もそのままに、全身の震えを止めることを知らない沮授は、文醜の寝室に足を踏み入れた、戦の後だった。
昂る感情を抑えきれない日には、唯一、あの人に触れることを許される。その意味をどう捉えようとも結論は変わらない。私には彼を止めることができない、そうして自身を含めて止まることすらできないのだと、この身が朽ちるまで、私にはそれを担う義務と覚悟があるからだ。
白さの際立つ足の甲がそろそろと寝台へと伸ばされ、儀式の前でするように折りたたまれた。
息を荒くしながら、このままでは、と沮授は感情を押し殺して小さく叫ぶ。
「おかしくなって、しまう、」
祈るように、救ってと、心に住まう獣を追い出してと言わんばかりに。
沮授はわなわなと震える指先で自分の腰に巻かれた帯を解いた。吐き出す吐息の艶かしさは、私の頭をおかしくさせるには十分だった。
「……だいて」
俯きがちに前髪で目を隠して、頬を真っ赤に染め上げた沮授は今にも泣きそうな表情をしているに違いない、だって今にも、消え入りそうな声だった。
潤んだ瞳が透明に揺れている。私は意を決して、彼の頬に手を伸ばす、滑らかな首元、柔い胸、その皮膚の向こう側まで。

気持ちよさそうに私を受け入れる、上に跨って眉をしかめながら、高揚した頬に千切れそうな声と激しい呼吸、たまらない、やらしい、きもちいい、をいっしょくたに混ぜながら。生きている顔をしてるから、もっと欲望を撒き散らせばいいのにと私は思う、望まれたい、渇望し飢えているこの人を満たしてやりたい、少しでも。
「このままじゃ、飛べない」
真珠のような涙をぽろぽろ零して、熱を宿した小さな身体は解放を求めて彷徨う、触れられないからと、心がなくなってしまいそうだからと、切ない響きを引き連れて。
「飛ばして、私を」
沮授は柔らかく微笑む、お前のいない世界なんていらないと、許されない約束をして。
(私が正義だ 私が悪だ)
渦巻く欲望が、大きな罪悪が胸中で暴れ回る。もし私がいなくなっても、そこに優しい世界がありますように。
せめてもの願いを込めて、私は傷だらけの天使を抱きしめた。


小春の私